第50話 川内の正体

 樋口萌奈への見張りは、カマ吉と冬樺に任せて、夏樹は川内の調査をすることにした。

 川内が妖なのは間違いない。弱いけれど、妖力を感じる。霊力はないから、半妖でもない。

 でも、とても人間に近い妖、という印象だった。


 大学生で、アルバイトは居酒屋。

 友だちと楽しそうにしている時があれば、ひとりでぽつんとしている時もあり、日によってずいぶん性格が違った。


 居酒屋にも、ときどき食べに行って、川内の様子を窺った。

 陽の時は以前と同じように、前髪をクジラの潮吹きにして、お客さんと楽しく会話をしている。

 陰の時は、前髪を下ろし、元気な掛け声もない。注文ミスをしては、厨房やお客さんから叱られている。


 そして陰の時には女子大と寮の前をうろついていて、樋口萌奈の姿を見ると、後をつけた。

 何もしない。ただ後をつけるだけ。

 密かに想っていて、でも声を掛ける勇気がでない。遠くから見ているだけで幸せを感じる。

 そんな人なのかなと思った。


 今のところ、害はなさそうに見えている。だけどこのままにしておくわけにもいかない。

 樋口萌奈が、ときどき振り返って、背後を気にする様子を見せるようになった。やはり不安なのだろう。


 正体を明かして、見守っていることを伝えてもいいんじゃないかと、大地に提案をしたが、乗り気でなかった。余計に怖がらせるだけじゃないかと。


 たしかに、24時間ずっと見張っているわけじゃない。土日祝日も返上して動いているけれど、夜は全員、自宅に戻っている。


 カマ吉だけは、近くで眠ってくれている。「どこで寝ても一緒やから」と。健気なカマ吉に、夏樹たちはご飯やお菓子を差し入れて、労っている。

 しかし、何かあってもカマ吉からの連絡手段は、移動しかない。スマホは持たせられないし、公衆電話も使えない。


 方法を考えた方がいいのだろうが、川内から切羽詰まったようなものも感じられないまま、手をこまねいていた。


「川男だったよ」

 川内宅を見張っていると、所長から電話があった。別の仕事をしている所長に、川内の素性を調べてもらっていた。


 またも初めての妖。無知すぎるなオレと思いながら、夏樹は所長の説明に耳を傾けた。


「川男は夜の川辺にいて、物語を話す二人の妖だよ。危害は加えてこないおとなしい性格だといわれているけど。時を経て、どうなっているはわからないね」


「おとなしい性格なんや。たしかに図書館で見かけた時はそんな感じしたな。でも陽の時は正反対やった」


 感じたことを思い返して所長に話すと、「夏樹」と呼ばれた。その声は、少し固かった。


「俺は今二人と言ったぞ。別々の個体じゃないのか」

「え? 別々? 二人?」

 その可能性には、まったく行き当っていなかった。ひとりとしか思えないほど、まったく同じだったから。


「双子だ。きっとな」

 所長の口調に、絶対に双子だと確信を持った。


 夏樹は急いで冬樺と大地にメッセージを送る。謝罪と、川内は双子の可能性があると。

 冬樺に電話をして、カマ吉に川内宅に来てくれるように伝えてもらう。

 カマ吉は川内宅を知らないけれど、夏樹の気配を探って、こちらに来てくれた。


「もう少ししたら、あの家から男が出てくるから、図書館で見た人と同じか視て」

「わかった」


 アルバイトに向かういつもの時間になり、玄関が開いた。

「どうや?」


「あの人は、別人やわ」

「別人か!? どんな色してるん?」


だいだいやな」

「オレンジ。佐和さんの霊力と同じ色やな。陽気・ポップ。ああ、陽の時の人なら、そんな感じするな」


 スマホを触って、カラーイメージの確認をしていると、

「あのな、夏のあんちゃん」

 カマ吉が、遠慮するように名前を呼ぶ。


「どないしたんや?」

「黄色の気配の人、最近黒も混ざってきて、きたない色になってきてるねん」


「ほんまか? いつから?」

「気づいたんは昨日。でもよう考えたら、もう少し前から濁ってきてた。すぐに気づかんでごめんやで」


「謝らんでええ。黒が混ざってきたきっかけ、心当たりあるか?」

「牛鬼のあんちゃんの時から濁ってきてた気するけど、大きいきっかけは、外で男の人に声かけられてて、たぶんあれからやと思う」


「彼女の知ってる人?」

「知らん人やったみたい。あたふたして、用事があるからごめんなさいって謝ってた」


「ナンパされて、断ってたんかな」

 想像だけど、たぶん合ってるだろうと思えた。


 少しして、再び川内家の玄関が開いた。

「あ、黄色が濁ってる人や」


 双子とわかれば、驚かない。さっき出かけて行った陽の人は、今日はピンクのTシャツを着ていた。

 今出てきた方は、グレーのTシャツ。明らかに陰の方だとわかった。

 そっくりだけど、両方を見ると、まとっている雰囲気が違っていた。


 まさか双子だったとは。全然雰囲気が違うのに、日によって性格が変わる人だと思い込んでいた。我ながらアホやなと、自省しながら、黄色の気配の川内の後を追った。


 川内は近鉄奈良駅に向かって歩いて行ったが、コンビニに入って買い物を済ませて、すぐに家に戻った。

 冬樺に報告をして、そっちに川内が行っていないか確認してもらった。

 寮周辺にピンクTシャツの川内は来ていないということだった。


 *


 川内が双子だとわかったのは、依頼から一週間。


 数日後には満月になる。見た目は人にしか見えない川内だが、やはり妖だったのだと、日に日に増す妖力でわかった。


 同時に夏樹の霊力もぐんぐん上がっている。気づかれる可能性があるため、川内を見張るのは冬樺の仕事になった。


 このまま見張りだけを続けていても、みんな消耗するだけ。川内にバレてもいいんじゃないかと夏樹は主張したけど、どうせバレるなら妖同士の方が良いだろうと言うのが、冬樺と大地の判断だった。


 妖のことはわからないなと思ったけれど、夏樹はそれに従い、樋口萌奈の昼間の見張りをしていた。


 そして、迎えた満月の夜、川内が動いた。

 眠っていた夏樹のスマホが鳴ったのは真夜中1時過ぎのことだった。


「樋口さんの自宅に行け!」

 所長の大声ですぐに覚醒し、パジャマにしているスウェット姿でスニーカーを履き、家を飛び出した。


 大地に電話をすると、先に行くとだけ言って切れた。

 霊力を使って急いで走り、寮に着くと、大地が道路で川内を取り押さえていた。


 所長に連絡すると、事務所に連れて行くようにと指示され、冬樺を覗く全員が揃ったのは、2時頃だった。


「な、ななな、なん‥‥‥」

 いきなり牛鬼に捕獲され、知らない場所に連れてこられて、二人の人間とカマイタチから見られれば、とうぜん怖いだろう。夏だというのに、川内はがたがたと震えていた。


「落ち着いて欲しいと言っても、難しいでしょうが、あなたが落ち着かないと話ができないんですよ。川男さん」

「ど、どうして」

 所長のゆっくりした話し方にも、川男はびくびくしている。


「俺たちは、妖を相手に仕事をしているから、わかるんですよ」

「女子の部屋に忍び込んで、何をしようとしてたんや」


「かかか、関係、ないでしょう。あ、あんたたちに」

 夏樹相手ならあまり怖くないのか、どもりながらも、少しだけ強気だった。


「関係あるんやで。オレら10日ほど、見張りしてたんやけど、気づかんかった?」

「10日。い、いいえ、ぜんぜん」


「鈍感やなあ」


 夏樹が呆れていると、ちっと舌打ちをした大地が、つかつかと歩いていって、川男の胸倉を掴んだ。

「なんでかって訊いてねん。喋れや」


「ひ、ひいいいい」

 大地の巻き舌と怒りの形相に恐れをなし、情けない悲鳴を上げる。


「牛尾くん、きみは怖すぎるから、もう少し控え目に」

 所長に止められて、大地が手を離した。


「このストーカー野郎が」

 川男に向かって言葉を吐き捨て、それから川男の背後に回った。怖い妖がいたら、話せないと思ったのだろう。


「ゆっくりでいいですから、どうして女子寮に入り込んだのか、話してくれませんか」


 所長に促されて、川男は「あのが、好きだったんです」とぽつぽつと話し出した。

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