第42話 夏樹と山室

 山室から依頼があったのが月曜日。火曜日に茨城県に移動した夏樹は、鹿島神宮の神官の手を借りて、日和坊の伝説を調べた。

 日和坊は山奥にいて、晴れた日にだけ姿を現すと言われている。文献によっては、出てきておくれとお願いすると、姿を現し空が晴れると書かれているのを見つけた。


 水・木曜日はくもりだったけど、近くの山に行き、「日和坊、出てきて」と声をかけながら登ってみたが、出てきてくれなかった。

 場所が違うのかなと思って、金曜日も別の山に登る予定だったけど、雨が降った。


 なので、この日は宮城県仙台市に移動し、提灯小僧を探した。

 日が暮れた頃、背後から誰かがつけてくるので待ってみたら、小学校5.6年生ほどの、着物姿の少年が追い越して行った。

 もしやと後を追いかけると、少年は立ち止まった。夏樹が追い越すと、また追ってきて追い越され。


 謎の追いかけっこを繰り返してから、声をかけた。

 とても気の良い少年で、「わかった。行かない」とにこにこしながら頷いてくれた。

「その代わり、遊んで欲しい」と言うので、付き合った。


 追いかけっこをしたり、夜の公園でかくれんぼをしたり。

 視えない人からしたら、ひとり公園で遊ぶ怪しい人だけど、夏樹は気にしないタチなので、提灯小僧が満足するまで遊んだ。


 土曜日も雨だった。午後から山室と新宿駅で合流して、JRに乗った。特急電車の隣同士に座って山梨県に向かっている。


 山室は午前中に気象神社にお詣りをしていた。聞くと、山室は毎日止雨祈願に行っているらしい。

 そして昨日は彼女を連れて、雨女を治したいと祈願してきたそうだ。


「雨女って治るもんなんですか?」

「祈祷はないと言われたので、絵馬を奉納して、心から祈ってきました。彼女は明るい人なので、気にしても仕方がないと笑っていましたが」


「落ち込んでしまう人やなくて良かったですね」

「はい。彼女の明るさに、助けられています。僕は真面目で面白味のない男だと、ずっと言われてきたので」


「見た目から、真面目そうな印象ありますよ。オレもそう思いましたもん」

「ええ。自分でもそう思います」


「でも、真面目って悪いことやないないし、理解してくれる彼女さんがいてくれるんやったら、それだけでいいんやないですか」

「彼女と出会って、そう思えるようになりました。だからこそ、奈々美の希望を叶えてやりたいのです」


「なんで梅雨時にガーデンウェディングしようと思いはったんです? ジューンブライドに憧れてるっていうのは聞きましたけど」


「式を挙げる場所は、元々はレストランだったそうです。奈良出身の奈々美は、子どもの頃、ご両親の結婚記念日に食事に行ったことをずっと覚えていたそうです。レストランが閉店すると知って、でも大学でこっちに来ていたから戻れなくて、悔やんでいて。レストランが閉店したのは、一日一組限定の結婚式場を作るためだったとわかった時から、ここで式を挙げると決めていた、と話してくれました。六月にここでパーティをと決めたのですが、私たちの仕事の関係上、土日しか選択肢がなく、予約で埋まっていて。という経緯です」


「一年待つのは絶えられへんって感じですか」

「大げさにしてすみません。両親からも呆れられています」


「あ、いえ。責めてるんやないです。オレけっこう楽しんでるんで。晴れて欲しいって思ってます」

「天気は人の手でどうすることもできないのは、わかっています。でも、何かせずにはいられないのです」

 山室は、雨が斜めに筋を引く窓を見つめた。


「中学の同級生で、牛鬼がおるんやけど、人と妖の結婚生活はうまくいくのか気にしてたんです。年上の人間好きになったみたいで」


「牛鬼ですか。彼がどういう人物なのかわかりませんが、人同士でも結婚は難しいのですから、種類が違う者同士は、もっと大変なのかもしれません。けれど、正体を告白した僕に奈々美が言ったのは、人同士で難しいんだったら、異類でも変わらない。家族を作っていく思いやりがあれば乗り越えられると、明るい表情で言ってくれました。踏み出せなかった私の背中をプロポーズで押してくれました」


「彼女さんからのプロポーズやったんですか?!」

「そうなんです。私は決断力がなくて」

 山室は苦笑するような、笑みを浮かべる。


「彼女さん、山室さんのこと、めっちゃ好きですやん」

「いや‥‥‥そんな」

 夏樹が断言すると、山室は恥ずかしいのか、下を向いて首を振った。


「照れてるより、胸張りましょう。山室さんも好きなんでしょう。やから、こんなに頑張ってるんでしょう」

「はい。そうです。そのとおりです」

 山室ははっとしたように顔を上げた。背筋も伸ばしたように見えた。


 *


 甲府駅からタクシーに乗り、一蓮寺いちれんじに着く。

 雨はいっそうきつくなっていた。雷が轟き、いまにも落ちそうだ。


 事前に連絡していた住職に名刺を渡し、山室を紹介する。

 住職からは、手形傘の伝説は平安時代のことですから、現れるのかどうかわからないですよ。と念を押すように言われた。

 もちろんですと答えて、案内された待機場所で手形傘が現れるのを祈った。


 夜になり、買ってきた駅弁を食べて、ただひたすら待つ。出る保証はないけど、待つしかなかった。


 冬樺は姥火うばがみと会えたらしい。交渉もうまくいって、旅行にでてもらえることになった。

 水の神様が祀られている神社の祈祷も済んで、あとは京都の妖に会うだけだった。

 京都が終わるとこっちに来ることになっている。


 日和坊はどの山にいるのか、まだわからない。

 茨城県は山が多く、深い。冬樺の体力では登山は無理だと思う。でも冬樺なら、別の角度から、日和坊がいる山を特定してくれるかもしれない。

 夏樹は体を使うのは得意だけど、頭を使うのは苦手だ。


 名前も性格も反対で、気が合うのかはわからない。しかも冬樺は優しくない。

 猫探しの時も、簪の付喪神の件も、意見が合わなかった。

 だからといって、冬樺が嫌いだとか、苦手とは思わなかった。


 猫が心配だから早く見つけるために専門家に頼む方がいいと考えたのだろう。

 簪のことはわからないけど、冬樺なりの思うことがあったのだろう。


 冬樺の過去は壮絶そうだから、その経験から他人と距離を置こうとしているようだけど、夏樹は仲良くなろうと思っている。


 心開いてくれへんかなあっと考えていると、そういえば、最近冬樺は積極的に仕事に取り組んでいるよなと思った。本を読んで妖の特徴を調べているし、今回も依頼を受けるかわからない段階で調べだしていた。


 夏樹は所長の指示がないと動けない。指示以外で動く時は、直感が働いた時だけ。

 冬樺は所長の補佐をするように動いている。


 事務所が三人態勢になって3ヶ月。

 夏樹と冬樺が回す歯車がきしんで動きが悪くなっていても、所長が油をさしてくれているからか、うまく噛み合って機能しているように思えた。

 案外バランスが良いのかもしれない。

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