第40話 止雨祈願

 翌昼から冬樺が向かったのは、奈良市の南にある天理市。

 本当は橿原かしはら市に出たと伝説が残っている小右衛門火こえもんびを探す予定をしていたのだが、所長から連絡が入り、幽世に移っているので行かなくていいことになった。


 菖蒲池駅から近鉄電車で奈良に向かい、徒歩でJRに乗り換えて、まほろば線長柄ながら駅に着いた。

 長柄駅からは徒歩で大和おおやまと神社に向かう。目的は高龗たかおおかみ神社をお詣りするためだった。


 高龗神社は山に降る雨を司る高龗神たかおかみのかみを祀っているのだが、この高龗神は京都府にある貴船神社と、明日向かう吉野郡東吉野にある丹生にう川上かわかみ神社の総本社だということだった。それなら一番に訪れないといけないだろう。


 その高龗神社は大和神社内にあるのだから、まずは大和神社にお詣りして。

 とこんなに神様にお祈りしすぎて大丈夫なのだろうかと心配になってくる。

 とはいえ、山室は行って欲しいと言うのだから、止雨しう祈願に行かないといけない。


 長柄駅で降りて傘を差し、スマホのナビに従って民家や畑の間を10分ほど歩くと大和神社に到着した。


 樹々の茂る長い参道を歩いて、一の鳥居、二の鳥居を潜り、龍の像の口から出てくる手水舎で手と口を清めてから、本殿に向かって再び参道を歩く。


 途中、戦艦大和ゆかりの碑という石碑があり、参道と戦艦大和の長さがほぼ同じと書かれていて、その大きさに驚いた。

 小さいながら戦艦大和の展示館があったが、戻るときに寄ろうと決めて、本殿に向かった。


 祈祷はお願いしていなかったので、祈るだけになるが、冬樺は心をこめて、新月の日、雨が止み快晴が望めることを祈った。


 そして本殿の隣に、水の神様、高龗神社があった。


 朱塗りの鳥居をくぐると、奉納と書かれた赤いのぼりがたくさん立っていた。のぼりの間を進んで正面に、摂社があった。

 総本社というわりには大和神社の本殿よりも小さくて、以外ではあった。けれど見た目に騙されてはいけないと反省し、ここではよりしっかりと祈願した。


 戻る途中で展示館に寄る。

 大和の模型や、乗組員数名の写真、絵が展示されていた。誰もいなかったので、ゆっくりと見て回れた。

 石碑の隣には、殉死者たちの御霊が祀られているということだったので、冬樺は手を合わせた。


 明日は吉野の丹生川上神社三社で祈祷を依頼しているので、所長が幽世経由で予約してくれた宿の最寄り駅、吉野駅に向かう。


 JR長柄駅から畝傍うねび駅まで行き、徒歩で近鉄電車に乗り換える。八木西口駅から橿原神宮前駅まで行き、吉野線に乗り換えて吉野駅へ。一時間半を少し越えて着いた。

 けっこう時間かかるんだなと、少し疲れを覚えた。


 今日世話になる宿の人が迎えに来てくれることになっていた。

 吉野駅と木の看板に書かれている所で待っていると、


「霧山さまでいらっしゃいますか」

「はい。霧山です」

 顔を向けると、灰色の着物に藍色の羽織姿の、端正な顔立ちの男性が立っていた。接客業で長髪は珍しいが、中世的な雰囲気は、同性から見ても色気があった。


の湯温泉 月華げっかの番頭、煌輝こうきと申します。ご案内致します」

「よろしくお願いします」

 くるりと踵を返す彼の後についていく。


 建物の間を右に折れ左に折れ、路地を進んで、また折れて。複雑過ぎて、とても覚えていられなかった。明日はどうしようと思っていると、

「道が複雑で申し訳ございません」

 と前方の彼が謝った。


「月華は妖のみ利用できる旅館であることは、ご存知かと思います。人が迷い込まないようにあえて複雑な入り方で着くようになっております」

「そうなんですね」


「明日はタクシーを手配しておりますので、ご心配には及びません。神社の3社巡りから、帰りの駅までお送りさせていただきます」


「助かります」

 心の声が聞こえたのかと思うタイミングで話しかけられたが、憂いはなくなったので良しとした。


「まもなくの到着となります」

 言われたけれど、前方はどう見ても山道。騙されたのではと思った直後に、景色が変わった。

 姥火の時と同じだと、思ってもやはり驚く。


 高い天井、黄色みのレトロな色合いの照明、大きな花瓶に生けられた華やかな花。

 そんな豪華なロビーを闊歩する、明らかに人ではない異形の生き物。


「いらっしゃいませ。ようこそ、兎の湯へ」

 ああ、やはり騙されていた、と疑いたくほど煌びやかな世界が目の前に広がっていた。

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