第37話 止雨祈願のための準備

 牛鬼こと牛尾うしお大地だいちの自宅は、夏樹の住むハイツからも近かった。

 でも卒業以来、行っていない。

 中学校では二人だけが進学しなかった。夏樹は就職したけど、大地はどうしているのか知らない。


 表札が牛尾なのを確認して、インターフォンを押す。

 一回で応答はなかった。不在なのかもしれないけど、と思いつつ、何度か押すと、

「うるさいねん!」

 二階の窓が荒々しく開いて、文句が降ってきた。


 ツーブロックを金髪にした。一見怖そうな男が顔を出した。

 でも、夏樹には懐かしい顔。


「大地! 久しぶり」

 声をかけると、しばらくきょとんとした顔だった彼が、

「え? おお! 夏樹やんけ」

 表情を明るくした。


 部屋に上げてもらい、借りたタオルで顔を拭く。

 雨に増して風も吹いていたため、傘で防ぎきれなかった。

 合羽は玄関で脱いで、風呂場に置かせてもらった。


「タオル、ありがとうな」

「雨ごっつ降ってるからな。仕事休みばっかりで、体なまるわ」

 大地がどんとベッドに座った。夏樹は床にあぐらをかいて座る。


「なんの仕事してるん?」

「土建屋」

「家建ててるんや」

「まだまだ下っぱやけどな。毎日親方にどやされてるわ。夏樹は?」


「オレはここで働いてる」

 合羽に守られていたジーンズの尻ポケットから、財布を抜いて名刺を取り出す。

 名刺を渡された大地は、不思議そうにした。


「妖相手の仕事やねん。なんでも屋って感じ」

「探偵みたいなもん?」


「うん、まあ、そんな感じ。で、大地にお願いがあって来たんや」

「俺にか? 何や」


「鳥取の牛鬼って、知り合いやない?」

「鳥取? 親戚におるで」


「雨降らす?」

「雨? ああ、出かける時は絶対降るって言ってたけど」


「来月の新月の日、奈良に来んといてって伝えてくれへん」

「奈良に来んな? なんそれ?」

 大地はうひゃうひゃと笑う。


「実はな――」

 理由を話すと、大地は「わかった。伝えとくわ」と、力強く頷いてくれた。


「妖と人間が結婚するんか。うまくいくんけ?」

 やたら真剣な顔で訊かれる。


「オレに訊かれても、わからんわ」

 応援はするけど、山室のことは数分話した程度だし、新婦にいたっては顔も知らない。


「夏樹が妖の女と恋愛して結婚するってことやで?」


「恋愛したことないんやから、ピンとこんけど。バディがさ、半妖やねん。親は離婚してる。父親が妖で、知らんと結婚したらしい。子どもへの暴力が離婚の原因やけど。もし、父親がめっちゃ優しくて子煩悩で、奥さん想いの妖やったら、本性がわかっても乗り越えられると思うねん」


「結局は性格ってことか」

「性格と、絆? 知らんけどさ。半妖の山男には、それがあると思ってん。新婦さんが心の広い人っていうのもあるんやろうけど」


「最初から明かしてうまくいくわけないよな」

「わからん。けど、難しそうな気はする。なんや、大地、好きな人おるんか?」

 身を乗り出しているので、もしやとストレートに訊いてみると、大地は耳を赤くした。


「いや、ま、かわいいなって思ってるだけやで。どうこうなるとか、まだわからん」

 動揺からか、しどろもどろになりながら、好きな人がいることを認めた。


「どんな人? 職場の人?」

「職場はおっさんだらけや。みんな結婚してて、ガキ自慢して写真見せてくるから、うっとうしいねん」

 うっとうしいと言いながら、楽しそうに笑っている。いい職場なのだろう。


「出会い系とか?」

「食事会を出会い系にいれるなよ。そんな軽い子ちゃうからな。友だちに連れて来られてしぶしぶ参加してんのに、空いた皿下げたり、店員さん呼ぶの上手やったり、気が利く子なんや」


「同じくらいの歳?」

「二十歳」


「めっちゃ年上やん」

「四歳差をめっちゃとか言うな。少しだけや」


「でも酒飲めるで」

「一杯だけ飲んでた。あの子は酒に強いと俺は見た」


「酒好きの妖は多いらしいから、オレらが飲めるようになったら教えてもらえるな」

「そやろ。やから俺、早く二十歳になりたいねん」

 にっと大地は口角を引き上げる。


 かわいい奴やなと思いながら、夏樹は大地宅を辞して、事務所に戻った。


 *


 結婚式まで二週間。段取りが決まった。

 山室は伊勢神宮へのお詣りはすませていた。天気神社が東京にあると伝えると、毎日お詣りしますと返答があった。


「毎日来られたら、神様も困るやろな」なんて所長はぼやいていていた。夏樹の中で、山室の好感度はさらに上がった。


 明日夏樹は茨城県に向かい、日和坊の情報収集。場所が絞れたら、晴れの日を狙って山を歩く。

 雨が続くようなら、雨に関係する妖に会いに行く。

 近辺には3体の妖がいた。土産は山室の一人暮らしの家に着くように所長が手配した。

 日和坊に会えなければ、前日まで粘る。

 会えれば、奈良に来てもらえるように交渉する。


 冬樺は関西担当。

 奈良の雨や水に関係する神社をお詣りして、晴れを祈願する。

 東大阪・奈良・京都の妖に会いに行き、前日には奈良を出てもらえるように交渉する。

 交渉がまとまれば、茨城県に向かい、夏樹と合流する。


 所長は四国と中部地方の妖を担当。所在不明の妖の居場所がわかれば、全国を移動する。


「夏樹、これ持っていけ」

 所長から渡されたのは、古い型のスマホだった。


「ええの? 壊れるかもやけど」

 置かれたスマホを見る。壊してしまうかもと思うと、手に取るのをためらう。


「今回は連絡が取れないと困るからな。スマホを触るときは、必ずこの石を持って」

 白い玉がスマホの横に置かれた。


「石? これと同じの?」

 左手首の数珠と同じ色の石に思えた。


「同じだよ。壊れるのを防げるかもだから。新月に向かってるしな」

「なんかドキドキするわ」


「壊れても構わないよ。進捗がどうであれ、必ず報告をすること。冬樺もだよ」

「はい」

 恐る恐るスマホと石を手に取る。


 電話の掛け方と出方、メールの打ち方を教えてもらっている間、スマホの電源が落ちることはなかった。



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