第36話 天候に関する妖と神様
「なんの妖?」
夏樹が訊ねる。
「干ばつの妖です」
「ダメダメ。奈良の作物が育たなくなる」
所長が力強く否定した。
奈良には大和野菜という歴史ある野菜が継承されて育てられている。その生長に影響が出てはいけない、と所長が説明してくれた。
育てられているのは大和野菜だけではない。一般の野菜・米・お茶、それに佐和の好物イチゴの『
「干ばつはパワーすごそうやけど、あかんな。やりすぎになりそうや。なあ、雨の神様がおるんやったら、反対の神様だっておるんちゃうの?」
「天照大神」
スマホから顔を上げた冬樺が、夏樹の顔を見て言った。すぐにスマホに戻ったけど。
「もっとダメに決まってるだろう。神々の頂点におわす神様だよ」
所長から、またもNGが出た。
「でも、あらゆる願いを聞き届けてくださるそうですが」
「いやいや、畏れ多すぎる」
「天気の神様もおられますね。
「冬樺、すごくぐいぐいくるけど、どうしたの?」
「どうもしませんよ。仕事ですから」
戸惑い顔の所長に、冬樺は当たり前じゃないですか、という顔を見せた。
夏樹も思っていた。いつものようにクールに見せているけど、すごく積極的だなと。
反対に、所長は気乗りしないようだった。
「所長は乗り気ちゃうけど、なんで?」
「神様にお願いするなんて大きな話になってるからだよ。天候は自然のものだしね」
「神頼みなんてようあることやん。幽世の神様本人に会いに行かんでも、神社にお詣りして、お願いするならいつもやるやん」
「そのレベルに留めておいてくれよ。くれぐれも幽世の神様にアポ取るとかはダメだからね」
「あの山室さんやったら、マジでやりそうやな」
「そうだろ。雨になってクレーム入れられてもね。無理なものは無理と、ちゃんと断るのも必要だよ。あの人には、あとで文書にして署名捺印してもらうからね」
「そこまでするんや」
「言った言わないの水掛け論ほど、無駄なものはないからな。結局折れるのは、こっちになるんだから」
所長が乗り気でないのは、天候は人の分を越えていることと、山室の熱心さが行き過ぎてしまうのではと心配しているからだった。
*
雨に関係するすべての妖を書き出し、居場所がわかる妖の所へ手分けしてお願いに上がることになった。
所在のわからない妖を探すのは、所長が幽世の案内人に依頼するとことになった。わかり次第、お願いに向かう。
持参する手土産にかかる経費、移動の交通費はすべて山室が持ってくれる。土産の手配は、妖に詳しい所長に任せた。
妖の好物はだいだい酒だから、未成年の夏樹には買えない。冬樺は成人しているとはいえ、酒は20歳からで当然買えないから。
「問題は、山奥の行けない場所をどうするか、だな」
場所が判明しても、人では行けない所はどうしようか、と頭を悩ませる。
「やっぱり、幽世の人か、妖に手を貸してもらうしかないんとちゃうの? 揚羽さまにひとっ飛びしてもらうとか」
「夏樹! 揚羽さまに手伝ってもらうとか、ダメだよ。山室さんが破産する」
「破産? なんで?」
「高級酒を手配しないといけないからだよ。天狗は酒好きだからね」
「酒好きやない天狗っておらへんの? 食べ物で動いてくれる天狗おらんかな」
「妖の力を借りるしか、方法はないよな」
うーんと、所長が唸りだす。
「吉野と葛城山は修験道だから、修行中の天狗がいる。彼らと渡りをつけられれば、修行の一環として動いてくれるかもしれないな」
「修行中の天狗。それ良い案やん」
依頼するメールを幽世に出し、調査をするという返信がすぐにあった。
冬樺もネットや書物を駆使して妖の居所を探すことになり、ネットが使えない夏樹はというと、
「牛鬼って、中学の同級生におったな」
雨に関係する妖のメモを見て、記憶を掘り起こした。
「同級生ですか」
冬樺に訊かれ、夏樹は頷いた。
「これは鳥取の牛鬼って書いてあるけど、知り合いかもしれへんし、聞いてみるわ」
「同級生の居場所はわかっているんですか」
「家は知ってるよ。よう遊びに行ってたから。ちょっと行ってくるわ。家おったらええねんけどな」
夏樹は立ち上がり、出勤後に脱いでいた合羽を着る。
「電話かければいいじゃないですか」
「知らんって」
長靴を履き替え、雨の中を飛び出した。
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