第25話 座敷童子の奈良観光5 春日大社

「まずは春日大社さんにご挨拶に行こうな」


 ルートは3つある。

 猿沢池を東に進むと一之鳥居があり、そこから大人の足で20分ほど歩く。

 新薬師寺のある高畑町から山を登る。

 JRか近鉄からバスに乗る。


 夏樹だけなら歩いて行くけれど、靴に慣れていない花子がいる。マリーの体力がどれくらいあるのかわからないし、明日も仕事がある。小太郎は体力がありそうだけど、やはりまだ子どもだし。

 ということで、行きはバスで向かうことにした。


 バスは2ルートあり、市内循環バス「ぐるっとバス」の奈良公園ルートか、奈良交通バスの春日大社本殿行きに乗る。

 近鉄奈良駅に向かい、バスの時間を確認すると、奈良交通がもうじきくるところだった。


 JR奈良駅から乗っている人で込み合っていたが、乗車できた。

 東大寺でほとんどの人が降りたので、春日大社本殿に着くまで小さい二人を座らせる。


 二人は外の景色を眺めていた。窓際に座った花子が、鹿を指差し、小太郎が指の先を見ている。

 10分ほどで到着し、運賃を支払って車外に出ると、目の前に大きな建物があった。


「国宝殿ですって。この先に二之鳥居があって、参道になってるんだって」

 スマホで確認したマリーが、道を教えてくれた。


 大きな石に『世界遺産 春日大社』と書かれていて、向こうに赤い鳥居があった。

 鳥居を潜ると、両側に灯籠がずらりと並んでいて、ここにも鹿があちこちにいた。灯籠の間に佇んでいたり、参道を歩いていたり。


「鹿さん!」

 花子が楽しそうな声を出し、駆けだす。近くに鹿せんべいを打っているお店が見つからなかった。


「せんべいあげるんは、後にしような」

 花子に伝えると、素直についてきてくれた。


 灯籠の向こうは原生林が広がっていて、静謐で神秘的な空気が漂っている。

 階段を上がった先に、春日大社本殿前にある朱塗りの門が見えた。


「小太郎、待って待って」

 しゅっと門を潜った小太郎に声をかけて呼び戻す。


 花子が門の手前で立ち止まった。一礼をしてから入って行く。

 昨日の道祖神の時も感じていたけれど、花子は神仏を尊ぶ気持ちを立ち居振る舞いにきちんと表している。

 見た目は幼くても、300年生きている妖なのだなと、夏樹は尊敬の気持ちを持った。

 夏樹とマリーが見習って頭を下げると、戻ってきた小太郎も頭を下げてから門を潜った。


 入った目の前に幣殿へいでんがあり、本殿は奥だった。そこへ行くには拝観料がいる。もちろん、今日は支払って中に入る気満々で来ている。


「藤が咲いてるわね。終わりかけみたいだけど」

 マリーに言われて気がついた。端に藤棚があり、紫色の花が地面につきなそうなほど垂れて、咲いていた。


 観光客の姿が多いため、妖たちには遠目で眺めてもらい、その間に夏樹は特別参拝受付で拝観料を四人分支払い、手続きを終えておいた。


 みんなで幣殿の横手にある階段を上がる。

 幣殿と本殿の間に林檎の庭と呼ばれる庭があり、階段の横に林檎の木が植えられていた。


「平安時代に高倉天皇が献木なさったらしいわよ」

 と木の看板を覗いたマリーは説明してくれた。


「なんで林檎なんやろ」

「ちょっと待ってね」

 スマホをさっと操作して調べてくれた。


「林檎の実がなった量で、農作物の実りを占ったんだって。ちなみにこの木は昭和に献木されたものだって」

「平安時代に植えた木やと思った。違うんや」


「違ったね」

 少し残念な気持ちで、林檎の木を眺めていると。


「向こうの木の方がすげえ」

 小太郎が指を差していた。


 視線を向けると、林檎の木の反対側に、本殿よりも高く、太い幹の木がずっしりと植わっていた。

「これは、すごいなあ」

「わー、大きい。立派ねえ」

 マリーと声が揃う。


 天に向かってまっすぐに伸びる巨木。幹にはしめ縄が巻かれ、太さは手の長い夏樹がどれだけ腕を伸ばしても、絶対に届かない。


 もっと近くで見たい。でも、神様の前を通るため、その気持ちは抑えた。先に挨拶をしないといけない。

 賽銭箱の前に、マリー、花子、小太郎、夏樹の順に並ぶ。

 いつもなら賽銭を入れて、鈴をならしてパンパンと手を打つところ、夏樹は花子のやり方に従ってみることにした。


 賽銭を入れて、花子は礼をする。一回・二回・三回。

 両手を合わせて、右手を少し下にずらし、手を叩く。これも三回。

 手を合わせて祈る。

 最後に頭を下げて、終了。


 よしご挨拶はすんだと、大木を見に行く。

「樹齢千年かもやて。大きいなあ」


 間近で見ると、その巨大さに圧倒される。少し呆然として見上げていると、

「夏樹くん、順路反対みたい」

 拝観料を支払った時に受け取った冊子を開いたマリーに言われた。


 冊子には参拝MAPに順路が書かれていた。

 林檎の木の横手の階段を上がって、右に矢印が向いている。


 他にも参拝者がいるのだから、迷惑はかけてはいけないと、夏樹たちは慌てて順路通りの道に戻った。


 東回廊に並ぶ青銅や金の釣灯籠を眺めながら歩き、入って来た門の隣にある別の門から外の回廊に出ると、石造りの灯籠がたくさん並んでいた。


「苔がたくさん生えてる。なんだか歴史を感じるね」

 火を入れる部分の上の、傘のようになっているところに苔が生えている。マリーはそれを見て、時の流れに想いを馳せているかのようだった。


 回廊の外側は山側に面していて、ここにも藤が咲いていた。


 東回廊の奥に、|『御笠山みかさやま 浮雲峰うきぐものみね 揺拝所』ようはいしょという、場所であると看板が建っていた。

 朱塗りの鳥居が立てられていて、武甕槌命たけみかづちのみこと様が白鹿に乗って降りられた三笠山の頂上があり、禁足地だと書かれた看板があった。


 鳥居の周囲は樹々が生い茂っていて、峰といわれてもピンとこない。けれど、陽が差し込むその場所は、とても神聖な空気で満ちている気がした。


 東回廊から中に戻ってくると、本殿の前を通って大杉に向かうルートになっていた。神様にはご挨拶はしたけれど素通りというのは悪い気がして、一度頭を下げてから先に進んだ。


 改めて間近で大杉を見上げてから、本殿の左手にある建物や神社の社を順路通りに回る。


 黒いカーテンのかかった場所から人が出て、入っていく。なんだろうと不思議に思って夏樹が少しだけカーテンを開けて、顔を入れた。


「おおー! すごい!」

 夏樹だけが見たので、三人は?を顔を浮かべていた。


「暗い所は大丈夫? 怖くない?」

 順番に顔を見て確かめる。三人ともに平気だというように頷いた。


「怖ないんなら、入ろうか」

 まずは夏樹が足を踏み入れた。


 真っ暗な中に明かりのついた釣灯籠がたくさん釣られている。まるで空中に明かりが漂っているようで、幻想的で美しい光景だった。


 服の裾を掴まれる。

「小太郎か? 平気か?」

「大丈夫やで。ちょっと怖いけど、でもきれいや」


「全員入った? 進むで」

 暗くて先が見えない。ゆっくりと歩き出す。


 人が出入りする瞬間だけ薄日が入るので、その瞬間だけ先が見えた。建物の壁が鏡張りになっていて、鏡に映って広い空間に見えているのだとわかった。部屋自体はさほど広くない。


 くるんと折れて、戻ってくると、すぐに黒いカーテンまで戻ってきた。

「終わり。違う世界に迷い込んだみたいで、おもろかったな」

 誰も怖がらずに、笑顔だった。


 順路に従って建物の間を進むと、大杉の所に戻ってきた。出口と書いてある角を曲がると、

「うわっ!」

「どうしたの?」

 驚いて声を上げてしまい、後ろにいたマリーが慌てる。


「ごめんごめん。びっくりしてしもて」

 夏樹は笑いながら謝った。


 通路には、大杉の根本から別の太い幹が斜めに伸びていた。背の高い夏樹は頭を打つかと思ってびびってしまった。そんなところに幹があるなんて、思ってみなかったから。


 その幹は、隣の建物の屋根を貫いていた。

「木を切らんと、建物の方を合わせるんやなあ」

 人は自然に生かしてもらっている。そんな言葉が頭を過った。


 後に、この木は大杉ではなく別の、百慎びゃくしんという木だとわかった。


 再び藤棚の場所に出てきて、有料拝観エリアは終了した。

 門の横に授与所があった。


「鹿のおみくじ、かわいい」

 白と茶色の鹿の人形がおみくじを咥えている、鹿みくじがあった。


 鹿を気に入っている花子に言われると買わないわけにはいかない。花子と小太郎に好きな鹿を選んでもらい、夏樹とマリーは一般的なおみくじを引いた。


「やった。大吉」

「わたしは中吉でした。花子さんはどうでした?」

 広げた紙に大吉と書かれていた。花子は嬉しそうに微笑んだ。


「小太郎は?」

「ボク、末吉やった」

 残念そうに肩を落とす小太郎に、


「たくさん伸びしろがあるってことよ」

 マリーに励まされ、機嫌を少し直した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る