第23話 座敷童子の奈良観光3 葛餅とちまき

 甘味処の扉を開けると、花子は真っ先にマリーの姿を探すように店内を見渡す。

「あ、お姉ちゃま」

 奥から出てきたマリーを見つけると、花子はまっしぐらに向かった。


「僕は上に行きますね」

 冬樺はすっと階段を上がって行った。


「花子さん、おかえりなさい」

 腰を下ろしたマリーの顔が近づくと、花子はマリーに抱きついた。


「ただいま。お姉ちゃま、見て」

「あら、鹿のぬいぐるみとお友達になったの?」


「うん。お友達になったの」

「良かったわね。かわいい鹿さん」


「うん!」

「花子ちゃんお腹はまだいっぱい? おやつ食べる?」

「食べるっ!」

 疲れも見せず、花子は元気に答えた。


 少しの時間、マリーに花子を見ていてもらい、夏樹も2階に上がる。

 所長と冬樺が話をしていた。割り込む形になりながらも、早く下に戻った方がいいかなと思い、所長に声をかけた。


「所長、ひとつ気になったことがあるねんけど」

「どうした?」


「花子ちゃん、着物、動きにくくないかなあって」

「転んだのか?」


「転んでないけど、草履やと、足痛くなりそうやからさ、洋服と靴の方がいいんとちゃうかなって」

「着慣れた物の方がいい気もするけどな。花子さまはどう思ってる?」


「まだ訊いてない」

「案内人に用意しておいてもらおうか。その上で本人に選んでもらえばいいんじゃないか」


「わかった。所長に任せるわ。これから甘味食べるけど、所長は食べる? 冬樺はいらんよな」

「僕は遠慮します」


「じゃあ、マリーちゃんと食べてくるわ」

「マリーさんは、面倒見がいいんですね」


「めっちゃ助かるわ。花子ちゃんも懐いてるし」

 正直なところ、夏樹も子どもの扱いに慣れていないため、手さぐり状態だった。


「今、冬樺から聞いて思ったんだけどな。明日の観光はマリーさんに付き合ってもらえないかと思ってるんだ」

 所長の提案に、夏樹は目を丸くした。


「マリーちゃんに? そら、来てもらえると花子ちゃんも安心するやろうけど、店大丈夫なんかな? 祝日やと忙しくなるやろうし」

「僕が代わりにお手伝いをさせてもらうことで、交渉してみようと思っています」


「マリーちゃんと冬樺が交代するんか」

「僕は子どもが苦手で、どう対応したらいいのかわかりません。すべて岩倉さんに任せっきりになってしまうのが、申し訳なく」

 冬樺もやっぱり苦手だったのか、と公園を歩いている時に感じていた。


「ルイの判断に任せるわ」

「なら、交渉に行こうか」

 三人で階下に向かう。


 所長と冬樺は、レジにいたルイの元へ。

 夏樹はマリーと花子の座るテーブル席に着いた。


「何食べてるん?」

 おやつタイムを楽しんでいる花子に訊ねた。

「んと、くずもちと、ちまき」

 指を差して、教えてくれる。


 葛餅はきなこと黒蜜がかかっていて、半分ほど減っていた。きなこの香りが鼻孔をくすぐる。

 ちまきはまだ笹の葉に包まれたまま。


「旨いか?」

「うん、旨い」


「美味しいって言うのよ?」

「美味しい」

 見つめ合う二人の姿は、まるで姉妹のように見えた。


「オレも同じのもらおう」

「わたし、持って来ようか」


 腰を浮かしかけるマリーを制して、夏樹は席を立つ。

「いい、いい。花子ちゃんとおったって」

 話をしている所長のところに向かうと、ちょうど話し合いは終わったところだった。


「夏樹、明日はマリーさんと案内を頼むな」

「了解。ルイは大丈夫なん?」

 顔を向けると、ルイは「大丈夫です」と頷いた。


「冬樺さんは覚えるのがとても早かったですから、構いませんよ。それより、マリーがご迷惑をおかけしないか、そのほうが気になります」

「心配症やなあ。花子ちゃん懐いてるから、オレも助かるわ」


「マリーをくれぐれもよろしくお願いします」

「大丈夫やて。それより、葛餅とちまき、もらっていい? あとこれとこれと」

 商品棚から和菓子をいくつか取り出してルイに見せてから、テーブルに持っていった。


 もちっとしているのにつるんと喉越しのいい葛餅、もちもちと甘いちまき、ひんやり食感の水ようかん、他に栗まんじゅうやどら焼きなどを食してほどほどに腹を満たした。


 マリーと明日の打ち合わせをして、事務所で休憩をしてから、花子を宿に送って行く。

 花子が泊まる宿はならまちの中にある、妖が経営している宿だった。


 表からは古民家に見えるけれど、中は幽世かくりよの一部に繋がっているらしい。正確にいうと、幽世と現世うつしよ狭間はざまにあり、生きている人間が入っても、命は取られないような配慮がなされているらしい。


 表玄関で花子を送り届けることを告げると、花子の担当をしている仲居がやってきた。

「あれ? 小太郎の」

「あらあらまあまあ、その節は小太郎がお世話になりました」

 濃紺の仲居姿の妖は、河童の小太郎の母親だった。


「あれから小太郎どうですか? 慣れました?」

「ええ。もうすっかり慣れて、あれからは迷子になっていませんよ。新しい学校にも慣れて、毎日友だちと遊んでます」

 不安そうに泣いていた小太郎が、こっちに慣れて友だちもできたと聞いて、夏樹は嬉しかった。


 明日の予定を伝えると、小太郎母は申し訳なさそうな口調で、

「良かったらでいいのですけど、うちの小太郎も一緒に連れて行って頂けないでしょうか?」と切り出した。


「小太郎も?」

「はい。私も主人もここで働いていまして、朝と晩は家にいられないんです。満室でお休みが取れないので、小太郎をどこかに連れて行ってあげることもできなくて。友だちは家族と出掛けるみたいで、小太郎が連休の間ひとりなのが可哀想で」


「実家には帰らへんのですか」

「5日に連れて帰って、6日に向かえに行く予定なんです」


「4日だけってことっすね」

「ええ。今日と明日は、留守番をさせようと思っていたのですけど」


「ほんなら、事務所に電話して、依頼してください。花子ちゃんの観光依頼が先なんで、所長の許可がないと」

「そうですよね。わかりました」


「ほな、花子ちゃん。また明日、事務所でな」

「うん。さようなら」


「バイバイ」

 花子と手を振って別れ、夏樹は来た道を急いで戻った。

 小太郎母から連絡が来る前に、所長に話をしておこうと思ったからだった。


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