第21話 座敷童子の奈良観光1 鯉のぼりと柏餅

 数日後にGWを控えた4月の平日。

 依頼はなくて事務所で待機中。夏樹はソファーでダンベルを持ち上げ、冬樺は向かいで本を読んでいる。紙のカバーがついているので、何を読んでいるのか夏樹にはわからない。


「二人はゴールデンウイーク、予定あるのか?」

 PCに向かう所長から声がかかる。


「オレはないよ。暇人」

「僕もないです」

 事務所は休みだけど、夏樹に予定はない。冬樺も暇人らしい。


「ゴールデンウイークに奈良観光に付き合ってほしいという依頼があってな。二人に頼んでかまわないか?」

「オレはええよ」


「僕もかまいませんが、依頼者はどんな妖ですか?」

「座敷童子だ」


「座敷童子、会ったことないなあ」

 夏樹はダンベルを持ち上げる手を止める。


「普段、家から出ることはないからな」

「家から出たら、その家は衰退してしまいますよね。そんな座敷童子が旅行ですか」


「ああ。そうらしい」

「そのお宅は大丈夫なんですか?」


「さあな。代わりの座敷童子が一時滞在するのか、衰退させるつもりなのか。メールで訊ねられる内容じゃないから、わからないな」


「本人に聞いてもいい?」

 夏樹が訊くと、所長は首を捻った。

「うーん。こちらから訊くのは止めておこうか。話したそうにしていたらにしよう。旅行中は忘れたいかもしれないから」


「りょうかーい」

「わかりました」


 というわけで、座敷童子に旅行の日程と、希望を訊ねるメールを所長に返信してもらい、夏樹と冬樺は観光場所を検討するため図書館に向かった。


 GW後半、事務所にやってきたのはおかっぱ頭に赤い着物姿の少女だった。

「ようこそ奈良へ。当所長の清水啓一郎です。うちの所員が案内を致します」

 所長の挨拶に、ソファーに座った座敷童子は無言で小さく頭を下げた。


 夏樹が近くに寄り、下から座敷童子に話しかける。

「オレは夏樹。あっちは冬樺。よろしくな」


 にっと笑いかけると、座敷童子は袂たもとをごそごそと漁った。

 拳を作った右腕を差し出され、夏樹が手のひらを出すと、ぽんと丸い飴が乗せられた。


「飴ちゃんくれるん? ありがとうな」

 また小さく頷く。でも口角がちょこっと上がっているから、ほんの少し距離が近づいたかもしれない。


 冬樺にも座敷童子は腕を差し出した。

 冬樺は受け取りかねている。


「こいつ、甘いもん苦手やねん。だから気持ちだけもらっとくってさ」

「すみません」

 冬樺が断ると、しゅっと腕が引っ込んだ。


「いただきます」

 夏樹が包み紙を開けると、

「夏樹、食べないで」


 所長からストップがかかった。

「所長まで何?」

 唇を尖らせて所長を見やる。所長が飴を取り上げてしまった。


「ちょっと所長。欲しいんやったら欲しいって言いや」

 夏樹は抗議の声を上げた。

「この飴は、幽世かくりよの物ですよね」


 所長に問いかけられた座敷童子が頷く。瞳が不安そうに揺れる。

「幽世の食べ物を生きている人間が食べると、死んでしまうんです。妖なら大丈夫だけど、半妖でも危ないから、この飴は花子さま一人で楽しんでください」


「え?! マジで?! 死んでしまうの?」

 驚いた夏樹が大きな声を上げてしまう。


「正確には、幽世の火で調理をしたものを食べてはいけないんだ。飴を作る時に火を使うだろう。夏樹の霊力が高いといっても、どうなるかわからない。口にしない方がいい」


「イザナギとイザナミですか」

「なにそれ」

 夏樹が訊ねた直後、「うわーん」と座敷童子が泣き出した。


 *


 突然ギャン泣きした座敷童子。どれだけ宥めすかしても泣き止まない。

 開店したばかりのマリーに頼み込み、冬樺を手伝いに出すことで事務所に来てもらった。


「あらあら、どうしたの?」

 マリーは膝に座敷童子を乗せて抱えながら、経緯を聞き、夏樹に柏餅を持ってきてと頼んだ。

「白と緑を2つずつね」

「わかった」

 夏樹がたっと事務所を飛び出し、箱階段を下りる。


 一階では、昼前なのに客席の半分が埋まっていた。

 冬樺の姿を探していると、中庭向こうの座敷席から着物姿の冬樺がやってきた。


「おお、着物。似合ってるやん」

「ありがとうございます。ルイさんの着物をお借りしました」


 満月まであと二日。冬樺の妖化は新月の翌日まで続いたけれど、その後はいつもの人の姿に戻った。

 新月で髪が白色になった冬樺は、毛染めをするのをやめた。

 夏樹がその理由を訊ねると、気が変わったとだけ答えた。その表情は、少しだけ晴れ晴れとしているように見えた。

 今は完全に黒髪に戻っている。


「泣き止みましたか?」

「まだ。少しだけ落ち着いたけど。マリーちゃんが柏餅持って来いって言うてんねん。白と緑を2つずつ」

「わかりました」

 レジ横の商品棚から柏餅を四人分小皿に取り、お盆に載せて夏樹に渡してくれた。


「可愛い柏餅やな」

 夏樹が持って上がると、マリーが待ってましたという顔で、頷いた。


「さあさあ花子さん。みんなで柏餅を食べましょうねえ」

 座敷童子は花子と呼ばれていた。マリーがつけたのか、本人から聞き出せたのか。


 ローテーブルの上に柏餅を置くと、座敷童子こと花子の目は、柏餅に釘付けになった。

 二種類の柏餅は鯉のぼりの形をしていた。尾が二股に分かれ、目とウロコが描いてある。

 見た目も楽しい和菓子を、花子は気に入ったらしい。

 ちらりと所長を見ると、指先で小さく拍手をした。マリーの手腕を褒めたのだろう。


「みんなで食べましょうね。美味しいのよ」

 マリーが緑の柏餅が乗った小皿を持ち上げ、花子の前に差し出す。

 花子は一度マリーの顔を見上げてから、おそるおそる手を伸ばして柏餅を掴んだ。


 頭の部分にかじりつき、ゆっくりと咀嚼する。こくんと飲み込むと、にこおと笑みを見せ、

「おいしっ、ねっ」

 弾んだ声を上げた。


 マリーもよもぎの柏餅を食べ、所長と夏樹は白の柏餅を食べた。

 花子は嘘のように上機嫌になり、みんなでお菓子を食べるのを楽しそうに見ていた。


 やがて寝てしまった。ソファーで横になる姿は、ただの子供にしか見えない。

 マリーと交代した冬樺が戻ってくる。


「よく寝ていますね。結局なんだったんですか? 疲れていたからですか」

「マリーちゃんが言うには、仲良くなりたかっただけやのに、所長に止められてびっくりしたんちゃうかなって」


「すまなかった。見た目は子どもでも、中が小学生以下だと思ってなかった」

「所長が止めなかったら、岩倉さんはあの世行きだったんでしょう。仕方がありませんよ」


「止めてくれへんかったら、ヤバかったで」

「俺の言い方きつかったのかなあ」


「小さい子やもんな。優しい言わなあかんかったんちゃう?」

「今後は気をつけるよ」

「っていうか、近過ぎん?」

 夏樹に言われて、一同が黙り込む。


 三人は花子から距離を取り、しかし、花子が見える壁際で、今にも額がくっつきそうなほど近寄ってコソコソと話していた。

 気まずくなって、誰からともなく体を放す。


「それよりさ、これからどうする? オレと冬樺で考えた観光でええんか? 花子ちゃんの年に合わせた方がええんちゃうの? 幼過ぎやで」

「幼いといっても、年齢は俺たちよりは上じゃないかな」


「ああ見えて、妖ですからね」

「それやったら、もっと渋いコースにした方がええのかな」


「メールでの連絡は、花子さんご本人じゃなかったんですか」

「ああ、違うよ。幽世には案内役がいてね、その案内人を通じてコンタクトを取っているんだよ。スマホやPCを持っている妖の方が珍しいからね」


「その案内役が花子さんに訊ねてくれたんですよね。それを見てコースを考えたんですけど」

「ご本人に何がしたいか、何が見たいのか、聞いて考え直した方がいいのかもしれないな。今日立てていた予定は?」


「まずは釜めしを食べて、春日大社さんにご挨拶をして、大仏殿に行って、どこかでかき氷を食べて、奈良公園を散歩して、夕食はご本人の希望を聞いてみようと」


 二人で考えたコースを冬樺が答えたが、花子が歓ぶコースなのか自信がなくなった。

 花子は思っていたより子どもだった。見た目ではなく、中身が。


「鯉のぼりが泳いでる名所とか、鹿にせんべいあげるとかの方が歓びそうな気がする」

「低年齢向けの所を探しますか?」

 そんなわけで、夏樹は観光雑誌、冬樺はスマホ、所長はPCとにらめっこをすることになった。

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