第14話 冬樺のこと

 翌日、冬樺は仕事を休んだ。

 所長のベッドで朝まで休んだものの、顔色が戻らず、食事も取らなかった。

 心配した所長が、自宅まで車で送って行った。

 母親はまだ仕事なのか自宅に戻っていなくて、挨拶もできずに、所長は事務所に戻ってきた。


 夏樹はソファであぐらをかいて座り、机に座っている所長に昨夜の佐和との話を伝えた。


「冬樺やったら所長みたいな弓矢で戦えるんちゃうかなって」

「そうだな。冬樺にやる気があるなら教えてもいいけど、まずは戻ってくるかどうな、だな」


「あのダルマ、怖かったんかな?」

「話さないから、何が原因なのかわからなくてな。冬樺のプライバシーは知らないからな」


「冬樺の高校の先生に聞いたらあかんの?」

「猿田先生なあ。冬樺の過去を本人以外から根掘り葉掘り聞くのはどうかと思うんだ」


「知られたくないかもってこと?」

「冬樺は学校でも一人だったそうだ。誰ともつるまない、協調性のない生徒だったと」


「冬樺から聞いたわ、それ。決めつけられたって不満そうやった。自分の意志で、人と距離取ってるって言ってた」

「人が苦手って感じではなさそうだよな。コミュ障ではなさそうだし」


「うん。感情もちゃんとあるし、ちょこちょこ表にも出してくれるしな。あ、自分と兄ちゃんは生まれたらあかん存在やって言うてた」

「なんだそれ」


「害にしかならへん存在やって。迷惑をかけへんために、距離を取ってるって」

「過去に何があったんだ」


「オレらを頼っていい、相談してって佐和さんと言ったんやけど、頼ってくれるかな」

「ゆうべ、そんな話ができたんだな。年が近い方が話しやすいだろうから、夏樹からも連絡してやってくれ」


「わかった」

「それで、夏樹は、体調はどうだ? 昨日と変わりないか?」


「うん。ちゃんと寝れたし、霊力は、まあ、日に日に下がってるけど、新月前はいつもの事やしな」

「無理はするなよ。しばらく夜は出歩くな」


「猫の捜索は昼間だけ、やろ。覚えてるよ。ほな行ってくる」

「頼んだ。俺は簪の持ち主を探すから」

 今日も分担で依頼を受け持つ。


 所長にプリントアウトしてもらった琥珀のチラシをポストに投函したり、営業中のお店のスタッフに渡したりしながら、いつものように猫のいそうな狭い場所を見て回る。

 昼過ぎまで探し回ったものの、一匹の猫も見なかった。


 途中でカマ吉と会った。今日もお腹が空いてるというカマ吉のために、コンビニで焼きそばパンを買う。

 夏樹の昼食は佐和が作ってくれたお弁当がある。

 カマ吉を連れて事務所に戻った。


 甘味処の扉の前で、カマ吉を服の中に隠して2階に上がる。

 所長はPCに向かってカチャカチャと、キーボードを叩いていた。


 ソファで弁当を取り出し、カマ吉も隣に座る。

 最初は焼きそばパンを頬張っていたカマ吉は、夏樹の弁当にも興味を示した。


「食うか?」

「その長いやつ」

 ソーセージを渡すと、プリッといい音を立てて囓る。


「美味しいなあ」

 二人でむしゃむしゃ食べていると、所長の手が止まったのに気づいた。


「夏樹、簪さんの持ち主わかったぞ」

「マジで!」

 驚いて、米粒が飛び出した。


「冬樺のアカウントを見た骨董屋が書き込んでくれていてな。俺がやりとりしてたんだ。今、先方に連絡を取ってくれてる」

「すげーな。実は期待してへんかってん」


「誰が目にしているかわからないから、思わぬ人と繋がれる便利なものだよ。危険もあるから、慎重にならないといけないものでもあるけどな。お、返信が来たな」

 残りの弁当を大急ぎで食べ、水で流し込む。


 所長の近くにいき、PCと距離を置きつつ、返信を読む。

「意外と近くの人やったんやな」

 メールの文面には、先方の名前と住所と連絡先、それから来てくれるなら会うそうですと書いてあった。


 所長がさっそく電話をかける。

 ソファに戻ってくると、カマ吉がきょとんとした顔で、夏樹を見ていた。


「付喪神ってわかるか?」

「わかるよ。物に魂が宿るんやろう」


「カマ吉は物知りやな。簪の付喪神が主さんを探しててな。見つかりそうやねん」

「なんで探してるん?」


「わたくしを大切に扱ってくださったからです」

「びっくりした」

 夏樹が答える前に、女性の声が答えた。

 振り返ると、簪の付喪神が姿を現していた。


「お姉ちゃんが、付喪神なん?」

 カマ吉の問いかけに、簪の付喪神はこっくりと頷いた。

「左様にございます」


「探してる人、見つかりそうなん?」

「そのようで、大変嬉しいです」


「明日、昼過ぎにアポが取れたから、みんなで行こうか」

「オレと冬樺も行っていいの?」


「気になるだろ」

「そりゃそうやわ」


「旧姓、福栄弘子さんはハルさんの娘さんだとわかっただろう。弘子さんの娘さんと連絡がついてな。弘子さんは老人ホームに入ってるけど、面会させてくれるそうだ」


「冬樺にも教えてやらな」

「電話するか?」

 受話器を差し出されて、立ち上がった。


 所長が持ってくれているスマホに耳を当てる。

 少し待たされたて、冬樺の声が聞こえた。


「冬樺? オレ、夏樹や。調子はどうや? 飯食うたか」

「はい。少し食べられました」


「腹減ったら元気なくなるから、食べとけよ」

「わざわざ、そんなことを言いにかけてきたんですか?」


「ちゃうよ。簪さんの持ち主さんが見つかってな。明日会いに行くんや。冬樺も来るやろ」

「……」

 冬樺は考えているのか、答えない。


「冬樺のSNSのお陰で、見つかったんや。冬樺のお手柄やな。一緒に話聞きに行こうや」

「わかりました。行きます」

「よっしゃ。ほんじゃ明日来いよ」


 所長に向けて頷くと、スマホから耳を話した。

 後は所長が引き継ぎ、明日待ち合わせる時間などを話した。

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