第13話 戦い終わって

 夏樹は右腕の甲に裂傷、前腕部に咬傷を負ったものの、

「はい。きれいに治ったでしょう」

「ほんとだ。すげえ。揚羽さま、ありがとう」


 怪我をした部分を撫でたり動かしたりして、具合を確かめる。

 揚羽の力のお陰で、傷跡も痛みも残らず治癒していた。

 カマイタチも小さな傷を背中に作っていて、揚羽に治してもらった。

 冬樺にケガはなかった。


「今夜は、終了にしよう」

「ええ! オレやったら平気やで。傷治してもらったし」

 所長の言葉に、夏樹は異を唱える。

 霊力は使ったから減ってはいるけど、猫を捜索するのに使わないから、問題ないはず。


「早く見つけてやらんと。なあ、冬樺も大丈夫やろう」

「え‥‥‥あ‥‥‥ん」

 冬樺の同意を得ようと思ったのに、冬樺はどこか上の空。うつむいてはっきり返事をしない。


「夏樹、無理はダメだよ。初めての実戦でアドレナリンが出まくっている状態だからね。休む必要がある時は、ちゃんと休みなさい」

 所長が少し厳しい口調で言った。


「琥珀はあたくしが逃がしてしまったのだから、あなた方は休んでちょうだい。啓一郎もよ」

「俺もですか?」

 所長は心外そうな顔を揚羽に向けた。捜索をするつもりだったらしい。


「啓一郎も霊力を使ったでしょう。あなたは経験が豊富だから、大丈夫だろうけれど、そこの彼はケアが必要ではなくて?」

 揚羽が目を向けた先にいるのは、呆けた状態の冬樺だった。


「冬樺? ダルマにビビったんか?」

 夏樹のからかい口調にも、冬樺は無反応。


「霧のあんちゃん、どないしなん?」

 カマイタチが冬樺に近づき、足をぺしぺしと叩く。それにも反応しない。


「こんな状態の彼を放っておいてはいけないわ」

「そうですね。夏樹、冬樺は俺のマンションに連れて帰る。佐和には連絡しておいたから、佐和と帰りなさい」


「ええ? わざわざ呼んだん? 佐和さんおらんでも帰れるで」

「夏樹! 大丈夫?!」

 呼ばれて目を向けると、スクランブル交差点の向こう側で、佐和が信号待ちをしていた。苛立だし気に、足踏みをしている。


 車道の信号が赤になった途端、佐和は見切りで交差点を渡ってきた。

「ケガしたって。どこ?」

「大丈夫。揚羽さんが治してくれた」

 夏樹が腕を見せると、佐和は腕を撫で、怪我の具合を確認する。


「揚羽さま、お世話になりました。ありがとうございます。それと、ご無沙汰しています」


「佐和、久しぶりね。よいのよ。あたくしのせいだから。依頼をしたのも、子どもらだけにしてしまったのも。今後は、夜の捜索はしなくていいわ。陽の高い時間をお願い。先に言っておくべきだったわね。あたくし昼間が苦手なの」


「わかりました。夏樹と冬樺は、昼間の捜索をしなさい。夜は揚羽さまにお任せしよう。わかったね」

「へーい」

 夏樹が返事をすると、


「ワシも手伝う。ワシなら、あんちゃんらが行かれへん細い道とか、人ん家の庭に入れるから」

 冬樺の足元から、輪の中心に戻ってきたカマイタチが、後ろ足で立ってアピールをしてくる。


「カマ吉も闘ってくれたんやで。小さいのに勇気あるねん」

「夏のあんちゃんがくれたおにぎり美味しかったから、ワシ、夏のあんちゃんのためやったら何でもするで」


「ありがとうな」

 夏樹が頭を撫ででやると、カマイタチは誇らしそうに、胸を張った。


「あたしのおにぎりを食べたんや。餌付けはどうかと思うけど、あげちゃったものは仕方がないね」

「お姉ちゃんが作ってくれたおにぎりやったんや。すっごい美味しかったんや。ワシまた食べたい」

 とことこと近寄ってきたカマイタチの頭を、佐和はよしよしと撫でる。


「きみ、カマ吉っていうん?」

「ううん。夏のあんちゃんが付けてくれたんや」

「夏樹が? 本当の名前はあるん?」


「ないよ」

「夏樹が名付け親になったんや。ネーミングセンスないね」


「え? うそん? カマイタチのカマ吉やで。わかりやすいやん」

「もっとカワイイ名前を付けてあげたら良いのに」


「ええー。例えばどんなん?」

「そうやね。毛色がベージュやから、亜麻色からもらって亜麻くんとか」


「あたくしなら胡桃くるみにするかしら。愛猫の琥珀も、毛色から付けたのよ」

「ステキですね。どう?」


 佐和と揚羽が、頼まれていないのにカマイタチの名前を考えて本人に訊ねる。

 カマイタチはお腹の前で、もじもじと手を動かしている。


「‥‥‥オシャレな名前は恥ずかしいから、カマ吉でええよ」

「ほら、気に入ってるやん。オレのセンス勝ち」

「謙虚な妖やね」


 本人が選んだのだから、と佐和もカマ吉を受け入れた。


 *


 琥珀の捜索を続ける揚羽と別れて、四人はJR奈良駅方面に向かう。

「ワシも行くわ。またな」

 ひょこひょこと動く小さな背中が、暗い街中に消えていく。


「まさか、おにぎりでカマイタチを手懐けるとはね」

「腹減ったって言うから。一個あげたら懐かれた」


「いつも逃げられるのにね。言葉がわかる相手やと、わかってくれるんやね」

「妖はペットにできひんけど、でも嬉しいな。小腹減ったからオレもおにぎり食べよー」

 夏樹が歩きながらリュックを下ろして、中を漁る。


「歩きながら食べるの? 行儀悪いよ」

「こんな夜中に誰が見てるん」

 たしなめる佐和にしれっと返して、おにぎりを一つ取り出す。


「それもそうやね。喉詰まらせへんようにしてよ」

「子どもちゃうって。所長も食べる?」


「俺はいいよ。冬樺はどうだ?」

 冬樺からの返事はなかった。


「いただきます」

 もぐもぐと頬張る。「やった。高菜とじゃこの混ぜご飯。うまー」

 大好物に当たって、夏樹は上機嫌になる。


「鮭もあるよ。啓一郎くん、持って帰って、朝食にしたら?」

「いいのか? じゃあ、そうさせてもらうよ」

 佐和が夏樹のリュックを受け取り、おにぎりを四つ取り出して、所長に手渡した。


「冬樺くんにも、ちゃんと食べさせてね」

「わかってるよ」

 マンションの下で、所長が足を止めた。夏樹に顔を向けてくる。


「夏樹。明日は遅刻してもいいから、ちゃんと寝るんだよ」

「んー」

 適当に返事をすると、佐和にお尻を叩かれた。

 最後の一口を飲み込むところだったから、軽く喉に詰まりそうになった。


「心配してくれてるんやから、ちゃんとしなさい」

「わかりました。寝ますー」

 無事におにぎりを飲み込み、言い直す。でも夏樹はぜんぜん眠くなかった。


 所長と冬樺と別れ、夏樹と佐和は並んで帰る。

「佐和さん、今何時?」


「3時」

「佐和さん眠いやろ。迎えに来んくても大丈夫やのに」


「何言うてんの。初めての実戦で、怪我したって訊いたら、保護者としてほっとかれへんよ。揚羽さまがいてくれたから良かったけど、腕千切れてたら、どないするつもりやったんよ」

「そこまで考えてなかった。ダルマ止めなあかんって思ったら、体がとっさに動いてた」


「霊力はケチらんと、ちゃんと防御にも使わなあかんよ。痛かったやろ」

「うん」


「アドレナリンが出てる時は、自分でもどう動くかわからへんから、そういう時こそ冷静にならなあかんよ」

「冷静に、か。難しいなあ」


「これからは妖の勉強もせなあかんね。弱点とか癖とか、知っといたら有利になるよ」

「所長すごかった。いっぱいおった小ダルマの一匹だけ射貫いて、すぐに退治したんよなあ。かっこよかったなあ」


 夏樹が目にした光は、所長が放った矢だった。真っ直ぐに飛んで行き、小ダルマを一体だけ貫いた。途端、すべての小ダルマが霧散した。大ダルマを蹴り飛ばした路地にも後で見に行ったが、欠片もなかった。


「啓一郎くんは、子どもの頃から弓道やってたから。大会で、良い成績残してるらしいよ」

「オレ教えてもらおうかなあ」


「弓ってかっこいいよね。でも、夏樹は霊力が高いから、パワーを使う方が向いてると思うよ」

「そうなん?」


「あたしも教えてもらったことあるけど、難しかった。命中もやけど、繊細な力のコントロールが必要やから」

「そっか。佐和さんがそう言うなら、そうなんやろな」


「冬樺くんは、どうやろね。霊力が低い分、コントロールがしやすいかも」

「霊力が低くても、戦う方法はあるんやな」


「本人のやる気次第やけどね」

「冬樺、大丈夫かな」


「ショック受けてたね。初めて妖を見たんかな」

「怖い顔したダルマなんか、オレも初めて見た。トラウマになりそうやわ」


「妖は個性豊かやからね。大きさはさまざま、性格も人の常識にあてはまらへんなんてざらよ」

「ルイみたいな旨いもん作る奴もおるし、カマ吉みたいに人懐っこい奴もおる。そういう妖が増えてくれたらええなあ」


 夏樹は本心からそう思う。

 襲ってくる妖相手に、対話でどうにかできるとは思っていない。守るためには退治という方法を取るしかないのもわかっている。

 だけど、仲良くできるのなら、共存できるのなら、それが一番だと思っている。

 綺麗事だとしても、理想だとしても。

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