第11話 二手に分かれて

 夏樹と冬樺は、離れていく揚羽・啓一郎チームとは反対方向を捜索しながら、二人の関係をこそこそと話していた。


「あの二人、もしかして付き合ってたりする?」

「付き合っているのかはわかりませんけど、所長を気に入ってる感じはしますよね。ボディガードをお願いするなんて」


「天狗は強そうやもん、ボディーガードなんかいらんやろって思うよな」

「僕を相談所に紹介してくれた猿田先生は、体育の教師でした。瓦を素手で叩き割れるほど筋骨隆々でしたよ。学生の頃は天狗だなんて知りませんでしたけど」


「天狗って言ったらさ、赤い顔に、長い鼻、髭、背中に羽生えてて、団扇持ってるイメージしかないよな。かわいい見た目ときれいな声の女性やなんて、思いもせんかったわ」

「猿田先生も赤ら顔と大柄以外、天狗らしい風貌ではなかったです」


「でもあのジャージはないよな」

「深夜だからわざとかもしれませんよ。変なのにつきまとわれないように」


「ああ、なるほど。ダサいジャージで自衛してるんか。強そうやのに」

「人相手に、天狗の力は使わないと決めているとか」


「さっき天狗の力で駆けつけるって言ってたで。いざって時は助けてくれるって意味とちがうん?」

「そうだと思いましたけど。でも、僕たちが他人の服についてどうこう言えますか? 似たようなもんですよ」

「ん?」


 夏樹は動きやすいようにとグレーのパーカーに、黒のチノパン姿。靴はスニーカー。

 冬樺もベージュのトレーナーにストレッチデニム、スニーカー。

 機能性を主にしているので、オシャレとはいいがたい。


「それもそっか」

 服装を見て、あははと夏樹は笑った。


「そんなことより、猫、探しましょう」

 冬樺が真面目に言い、二人は捜索を再開した。


 頭の入らない狭い隙間にねじこむようにライトを当てて、頭を動かす。ときにはスマホの懐中電灯を当てて、暗い奥までよく見る。

 植木鉢と壁の間、格子の下に空間があれば体をうつ伏せて覗く。


 夏樹が格子の下を覗いた時、「ぎゃっ!」と悲鳴を上げて、何かが飛び出してきた。

「何するねん! ワレ!」

「あ、ごめん」

 夏樹は思わず謝ってしまう。幼児のような、舌足らずでかわいらしい声だった。


 でもその姿は、

「イタチ?」

 子猫ほどのサイズで、胴の長い小動物が、かまきりのような鎌を構えて夏樹を睨みつけてくる。


「かわいいなあ」

 怖ろしさを感じず、逆にかわいいと思ってしまった夏樹は、声に出してしまっていた。


「ワレ、ナメとんか?! これで痛い目合わすど」

 二本足で立ち上がり、切りつけてやろうとばかりに鎌を構える。


「奥歯ガタガタ言わす系?」

 威嚇ポーズがかわい過ぎる上に、言葉の汚さが無理をしているように感じられ、つい、からかいたくなる。


「そや。ワシの姿に、おそれおののけ!」

「岩倉さん、何をしているんですか? 声、響いてますよ」


 近寄ってきた冬樺が、小動物の姿を見て、「イタチ?」と呟く。

「ワレもイタチ言うんか! 許さへん! 痛い目合わしちゃる」


 ぴょんと飛び上がり、座っていた夏樹の顔の高さに小さな体が来る。

 夏樹は素早く、その首根っこを捕まえた。


「あ! 何するねん! 放せ! 放せや!」

 じたばたと暴れて、鎌で切りつけようとする。

 夏樹の腕が長いので、鎌が届くはずもない。

 その時、家の明かりがぱっと点いた。


「やばっ」

 夏樹は素早く立ち上がった。

「逃げるで」

 冬樺に告げると、夏樹は脱兎のごとく、その場から離れた。


 *


「ねえ、啓一郎。半妖を雇っているのはどうして?」

 捜索に付き合って欲しいと言った揚羽。何か話があるんだろうなと啓一郎は察していたが、所員の話だとは思わなかった。


「いけませんか。何の違反もしていないはずですが」

「まあ、そうね。半妖だからいけないわけではないけれど、いたずらにこちらの世界を知るよりも、何も知らない方が幸せに暮らせるのではなくて」


 揚羽の言うことは、啓一郎も考えたことだった。悩んだ末に出した答えは、

「知らない方が人の社会で暮らせるかもしれませんが、いざという時に、自分や周囲の命を守れる術を教えるのも、我々の役目だと考えています」

 自身が教え導く、という結論に至った。


「彼は、妖の困り事を解決するだけ、と思っていないかしら」

「今はそれでいいでしょう。成長して、機が熟した時には、すべてを話します」


「後継者にと、考えているのね」

「はい」


「どちらにも属さない半妖に、務まるかしらね」

「どちらにも属しているからこそ、務まると考えています。そう育てます」


 揚羽の言葉は、半妖を否定しているようにとれるが、中途半端な関わりを危惧しての発言だと、啓一郎にはわかっていた。

 突き放しているようで、優しい。揚羽はそういう天狗だと、啓一郎は知っている。


 人と妖、両方の世界を視る啓一郎が家族とうまくやれない日々に鬱屈を貯めていた頃、奈良の地に呼んでくれた祖父が紹介してくれた天狗。


「人の寿命は短いものね。生きているうちに育て託さないと、廃れてしまう。まだ百年ほどの短い生でも、知っているわ。歴史が繰り返されていると」


 世界からなくならない、胸を突くような悲しい出来事が繰り返されている。それに対して啓一郎は言葉を持たない。政治家でもない啓一郎に、止める術がないから。


「啓一郎は、いくつになったの?」

「47です」


「そう。あたくしの生の半分近くまで来てしまったのね。出会った時は、あの少年たちの年頃だったものね」

「揚羽さまの姿を見て、誰も百年近いお年だなんて思いませんよ」


「天狗の世界では、まだまだ若輩扱いよ。大戦を生き抜いたと自慢する、おじいおばあばかり。それも嫌気がさすわ。古過ぎる価値観を押し付けてくるんだもの」

「先の大戦とおっしゃいますが、明治維新ですか」


「冗談でしょう? 天下分け目の関ヶ原よ」

「それはまた、ずいぶんご長寿でいらっしゃる」

 啓一郎は乾いた笑いを漏らす。


「そうでしょう。四百年以上前よ。明治維新勢ですら、鼻で嗤われるのよ。応仁の乱勢と一緒になって嫁げ子を産め、それが女の幸せだって。源平合戦までいくと、耄碌もうろくしてるから可愛いもんだけど」


 ちなみに、関ヶ原の戦いは1600年。応仁の乱は1467年。源平合戦は1180年。啓一郎は歴史好きだった。

「それが嫌で、こちらに下りていらっしゃったんですか」


「そ。今の人の社会は楽しみが多いわね。動画を視聴して、美味しい物をいただいていたら、時間を忘れてしまうの。お酒は天狗が作る方が美味だけど」

「こちらでは仕事に就かないのですか。きれいな歌声をお持ちですから、すぐにでも歌姫になれるでしょうに」


「こちらで歌う気はないのよ。騒ぎになって落ち着いた暮らしができないのは嫌だもの。それにあたしたちは容姿が変わるのに時間を要するでしょう。整形だと追求されたら、面倒だもの」

「人は、自分たちと違うものに憧れるのに、現実的でないと批判の対象にしますからね」


「そのくせ老けた太った劣化しただの、好き勝手言うものね」

「それを知っていて、なぜ人の社会に来たのです?」


「猫に決まっているでしょう。あの愛らしい獣と生活を共にするのが、夢だったの」

 琥珀を探していた揚羽が、足を止めた。

 啓一郎が回り込んで揚羽を見ると、顔を赤らめ、うっとりしていた。


「猫はたしかに可愛いです。俺も好きですけど。天狗の世界に連れて行けばいいじゃないですか。なにも人の生活をしなくて」

「嫌よ」食い気味に否定された。「化け猫になってしまうのよ。尾が割れて、喋れるようになって。あんなの猫じゃないわ。甘えたい時だけにゃーんと鳴いて体をすり寄せて、満足するとぷいと行って寝てしまう。自由気ままで、何にもとらわれない姿がよろしいの」

 揚羽は自身の体を抱くように腕を回し、くねくねさせた。


「化け猫を否定するつもりはありませんが、あの自由さには惹かれますね」

「そうでしょうとも。あぁ、あたくしの琥珀、早く帰ってきてこないかしら。あの子の抜け毛も髭も、爪も全部置いてあるのよ」


「全部取ってあるんですか」

「琥珀の一部だった物よ。どれも愛おしくて、手放せないのー」

 ぱっと広げた両手から、百個以上のハートマークが飛んできたように見えた。


「それは‥‥‥情熱的な愛ですね」

 琥珀が脱走したのは、その重過ぎる愛ゆえではないかと、頭に過ったものの、啓一郎は口にしなかった。いらない一言を言って天狗の怒りを買う必要はない。

 話をしながらも、猫の捜索を続けていると、喉を引き絞るような短い悲鳴が聞こえた。

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