第9話 スタンスの違い

「いただきます」

 三人で手を合わせから、箸をつける。


「冬樺くんが中華サラダ作ってくれたん? すごく美味しいね」

 佐和の褒め言葉に、夏樹もうんうんと頷く。ごま油の香りと酢味のバランスが良く、いくらでも食べられそうだ。


「ありがとうございます。春雨が大量にあったので」

 褒められた冬樺は、嬉しいのか少しだけ口角を上げている。


「春雨ってカロリー低いやん? スープにしたり、パスタの代替にしたり、使いやすくって」

「カロリー気にされるんですか?」


「そりゃあね。永遠の課題よ。二十代の頃は何を食べても太らへんかったけど、四十過ぎてから代謝が落ちて。戒めのために、昔着てたスカートたまに履いてチェックしてるんよ」


「四十代なんですか? 三十代前半かと思っていました」

 お世辞がうまいなあ、と思って冬樺を見ると、目を丸くしていた。どうやら本気で驚いていたらしい。


「嬉しいこと言ってくれるやん。もっと言ってくれてええんよ。褒め言葉はいつでもウエルカムやから」

「求めんなって」

 夏樹は恥ずかしさを感じて、嬉しそうにしている佐和をたしなめる。


「ええやん。夏樹も啓一郎くんも褒めてくれることないんやもん。育て方間違えたわ」

「間違えてへんから、自信持ってや」

「お二人は、仲が良いですね。こういうことを言うと怒られるかもしれませんけど、本当の親子のようです」


 冬樺の言葉に、今度は夏樹が目を丸くする。直後、佐和に脇腹を小突かれて、うひゃっと変な声が出た。

 抗議しようと佐和を見たが、言葉を飲み込んだ。佐和は褒められた時よりも嬉しそうに微笑んでいた。


「あたしは親子やと思ってるよ。引き取るときに覚悟したから。夏樹は覚えてないかもやけど」

「その辺りの記憶は曖昧で、気がついたら佐和さんと親子漫才するようになってたわ。だから寂しかったことはないな」


「ウマが合ったんかな」

「すごいことだと思います。血が繋がっていても、理解できないわかりあえない家族なんていっぱいいるじゃないですか」

 冬樺の言葉には、一般的な意見ではなく、実感がこもっているように感じられた。


「冬樺くんは、家族が好きやないの?」

 佐和の質問に、冬樺はすっと目を細めた。雰囲気も変わり、マリーと霊力の話をした時と同じ、ぴりぴりとした緊張感をまとう。


「母には感謝しています。でも、僕と兄は生まれて来てはいけない存在だったと思っています」

 重い言葉を前にして、全員の箸が止まった。


「なあ、冬樺。生まれたらあかん命なんて、あるんか?」

 夏樹は、自分が生を受けたことに疑問や否定を感じたことはない。能天気な性格のせいなのか、環境や人に恵まれていたのか。

 だから、冬樺が自分を否定する心境が、理解できなかった。


「ありますよ。害にしかならない存在、というのがいるんです。正しくは、害を及ぼすために作られた命が」

「冬樺がそれなんか?」


「父にとっては、兄がそういう存在で、僕は希望どおりじゃなかったみたいですけど。でも将来的に誰かの害になる存在にならないように、僕は自制しないといけないと思っています」

 あまりに抽象的で、よくわからない。具体的に言って欲しいと言おうとしたが、冬樺の雰囲気から、言わないだろうと察した。


「さっき言ってた、冬樺の意志で、人と距離をとってる理由がそれか?」

「そうです。できるだけ、人と関わらないようにすれば、迷惑をかけずに済むと思っています」


「なんかようわからんけど、オレは冬樺が害になる存在になるとは思わんよ」

「今はまだ小者ですから。やばいと思ったときには、姿を消します」

 冬樺は抗うことなく、消えると言う。奈良から引っ越すということなのか。


「勝手におらんくなるってこと? それ、寂しいやん」

 夏樹は少し呆然としてしまう。


「気にしなくていいです。僕のことなんて、忘れてしまってください」

 冬樺はさらりと言うけれど、夏樹は納得できなかった。

 付き合い方に温度差があるのは仕方がない。出会ったばかりだし、冬樺は人と距離をとるスタンスだから。

 でも、夏樹としては、出会ったからには、一緒に仕事をするからには、頼って欲しいと思う。


「もし、冬樺が害になる存在になりそうやって思ったら、オレに止めてくれって言うて」

「え?」

 冬樺から緊張感が弾けるように消えた。


「オレが先に気づいたら、なんとかしたる。でも気づかんかったら、オレに助けを求めて。全力で、止めたるから」

「いや、でも」

 瞳が揺れている。


 冬樺が戸惑っているのが、手に取るようにわかった。

 いらないと言われる前に、思ったことを全部言ってしまおうと、夏樹は言葉を続けた。


「オレがよろず相談所で働いてるんは、困ってる妖を助けたいからやけど、人も一緒。困ってる人がおるんやったら、手を貸したい。力になりたい」

 これが夏樹のスタンスだから。霊力が高いから、だけじゃない。所長の理念に共感したから、進学よりも就職を選んだ。


 冬樺は黙ってしまった。人と距離をとってきたのなら、こんなことを言われるのは初めてなのかもしれない。

 どう思ったのか。どう感じたのか。今の表情からではわからない。

 戸惑っているのは確実だけど、心の奥にあるなにかと闘ってでもいるような、少し険しい顔をしている。


 黙って聞いていた佐和が口を開いた。

「冬樺くん。あなたがどんな事情を抱えて育ってきたのかわからへんけど、頼っていい人って絶対いるんよ。それは、きっとあたしたちやと思う。啓一郎くんが事務所を立ち上げたのは、手を伸ばしてくるなら、全力でその手を掴む。手を伸ばせない状況でも、目の前にいたらその手を掴む。っていう強い思いがあるから。事務所に勤めてる君たちも、その相手に入ってるんよ。迷わずに相談して。あたしも啓一郎くんも、全力で助けるから」


 佐和の優しくて強い言葉にも、冬樺はすぐには頷かなかった。

 少ししてから、小さな声で「ありがとうございます」と告げただけだった。




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