第6話 付喪神の姿

「どうですか? 見えてますか?」

 簪の付喪神を洗面所に連れて行き、鏡の前に立ってもらう。

 夏樹の手には、簪がある。所長のようにハンカチには包まずに、直接触れていた。


「ここに映っているのが、わたくしでございますか?」

 彼女は不思議そうに、鏡の中の姿を見つめていた。


「動いてみたら? 同じ動きするから」

 夏樹の言葉に従って、彼女は頭を下げた。


「いやいや、見えへんやん」

 頭頂部が映る鏡に、夏樹がツッコむ。


「手振ってみよか」

 夏樹がやってみせると、二人の彼女が手を振った。一人は右手を、もう一人は左手を。


「動いております」

 驚いたような声を出して、付喪神は目をみはった。


「そ。簪さんは、その姿で事務所に来はったんやで」

「この姿は、主の姿にございます」

「え?!」

 夏樹、冬樺、所長の声が重なる。


「結婚直後の、わたくしが出逢った頃のハル様にございます」

「そっか。昔の人やったんや」

 彼女の姿をまじまじと見て、夏樹は呟いた。


 若い声のわりに見かけが落ち着いて見えたのは、現代の十代二十代と違うからだと腑に落ちた。

 たまに着物姿の女性を見かけるけど、お化粧や振る舞いから現代っ子さを感じる。

 例え同じ着物を着用したとしても、簪の付喪神のようなしっとりとした落ち着きは醸せないだろう。

 長い時を生きる付喪神特有の雰囲気だと思っていたけど、モデルにした人の時代性もあったらしい。


「写真、撮ってもいいですか?」

 冬樺がスマホを彼女に向けた。シャッター音がなる。


「ダメですね。写りません」

 見せられた画面には、彼女の後ろにいる夏樹の姿しか写っていなかった。


「オレを撮ってどないすんねん」

「あなたを撮ったのではありませんよ。消します」

「別に消さんでもええんやで。男前に写ってるやろ?」

「いらないので」


「‥‥‥すごい塩対応やな」

 ノリの悪い冬樺に、少し引く。


「夏樹が撮ると写るかもな」

 洗面所の入り口で、腕を組んで壁にもたれていた所長がぽつりと言った。


「岩倉さんなら、撮れるんですか?」

「たぶんな」

 所長が肯定しながら、洗面所を離れてデスクに向かう。


「やめた方がええんちゃうかな‥‥‥」

 夏樹は所長の動きを目で追う。撮らせる気満々だなと感じるものの、気が乗らない。


「冬樺のスマホは使わない方がいい。夏樹、これで撮ってみろ」

「旧い型だと、画質が良くないんじゃないですか」

 所長が持って来たスマホに目をやって、冬樺が言った。


「君のスマホの調子が悪くなるかもしれないけど、それでよければ使うか」

「え!? 嫌です」

 冬樺が慌てて自分のスマホを引っ込めた。大事そうに両手で隠す。


「ほら。夏樹」

 カメラ機能にしたスマホを、所長が彼女に向けた。夏樹は恐る恐る、タップする。


「よし、写ったな」

 所長が操作した直後に、冬樺のスマホとデスクの方から着信音が鳴った。


「送れたか?」

 スマホを触っている冬樺に、所長が確認を取る。


「はい。大丈夫です」

 冬樺が頷いた。

「間に合ったな」


「どういうことですか? あ‥‥‥」

 所長の手元を覗きこんだ冬樺が、固まった。


「落ちてますね」

 夏樹が触った方のスマホの画面は、真っ黒になっていた。


「夏樹は機械との相性が悪いんだよ。スマホもPCも夏樹が触るとだいだい落ちる。時間が経てば生き返るときもあるんだけど。今回はどうだろうな」


「それでスマホを持っていないんですね」


「すぐに壊れてしまう物は、持たれへん。前にATMの調子悪くさせたことがあって、それ以来機械には触らんとこって思って」

 申し訳ない気持ちになるから、機械から距離を取るようにしていた。


「変わった体質ですね」

「夏樹の霊力の高さが問題らしくてね。俺の師匠もそういう体質だったよ」


「霊力が高すぎるのも大変ですね。日常生活に支障をきたす程だなんて」

「やから、オレ、電子レンジ触らせてもらわれへんねん。佐和さわさんから絶対触るなって禁止令出た」


「便利な物を使えないとは、気の毒ですね。ところで佐和さんっていうのは? 僕たち以外に所員さんがおられるんですか」

「佐和さんは、オレの保護者。親やないねんけど、育ててくれた人」


「そうなんですね。岩倉さんがスマホを使わない理由がわかりました。機器関係は僕がやります」

「助かるよ。連絡がつかないから、不便なんだよ」


「その高い霊力で、電波受信できないんですか」

「アンテナ立ててみよか」

 冬樺に言われて、夏樹は頭頂部辺りの髪の毛をつまんで、アンテナのように立ててみる。


「あかん。へにょってなるわ。って、スルーすんのやめてえ」

 せっかくノったのに、ツッコんでもらえない時ほど、寂しいものはない。

 所長も冬樺も、簪の付喪神を連れてソファーに移動していた。


 *


「結婚直後なんですね。記憶は戻りましたか」

 ソファーに腰を落ち着けて、彼女の話を聞く事ことになった。

 所長の質問に、彼女は「すべてではありませんが、一部戻ったようです」と答えた。


「ハル様の旦那様はキヨシ様です。そしてわたくしをお作りになったのは、キヨシ様にございます」

「キヨシさんは、簪職人さんっていうことですか」

 彼女が頷く。


「簪職人と結婚をしたハルさんがあなたの主ということは、贈り物ということですね」

「はい。そうでございます。受け取られたハル様は、頬を朱に染め、たいそう喜んでおられました」


「昔は、男性から女性に簪を贈ってプロポーズをすることがあったんだ。たしか、『あなたを守ります』という意味があったはず」

 所長のプチ知識に、「やっば。超ロマンティックやん」と夏樹は呟いた。


「他に思い出したことは? キヨシさんの苗字はわかりませんか」

「苗字というのは?」


「名前の前についてる『姓』は、わからないかな。ハルさんやキヨシさんが名乗るときに、ハルの前に別の言葉がついていなかったですか?」


「『フクエキヨシ、家内のハル』と仰っておられた記憶がございます」

「よし。『フクエキヨシ』という名の簪職人と『フクエ』姓の簪職人を探してみよう。子孫が生きていれば後を継いでいる可能性がある」


「一歩前進!」

 夏樹は歓喜の声を上げた。肘を曲げ、胸の前あたりで拳を握る。

 所長がやれやれという感じで苦笑しながら、拳をぶつけた。


「ほれ、冬樺も」

 振り返って拳を突き出すも、冬樺はちらと見ただけで、拳を合わせてくれなかった。


「所長」

 夏樹を飛び越え、所長に話しかける。

「彼女の写真をSNSに載せてはいけませんか? 似た人を探していると」


 冬樺の提案に、しかし所長は首を横に振った。

「写真はSNSには載せない方がいいだろう。子孫に迷惑をかけてはいけないから。個人に訊ねるのに使うだけにしよう」

「わかりました」

 冬樺はあっさりと頷いた。


「職人の名前が判明したから、骨董屋の範囲を広げて調査しよう。冬樺、手伝ってくれ。夏樹は、猫探しを頼む」

「えー、オレだけ体使うの?」

「骨董屋には電話をかけて調査をする。夏樹もやるか?」

「電話は苦手。外行ってきま~す」

 事務所の電話を壊した覚えがある夏樹は、逃げるように扉に向かった。

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