第5話 付喪神のことは付喪神に聞いてみよう
「主さんが住んでた家は、覚えてるん?」
ならまちに向かう路地をぶらぶらと歩きながら、夏樹は彼女に訊ねた。
「家、ですか?」
呟くと、黙り込んだ。夏樹が隣を歩く彼女に目をやると、小首を傾げていた。
「例えば、うちの事務所みたいな町屋っぽかった?」
「‥‥‥いいえ。違っていたと思います。あのように長くはなかったかと‥‥‥」
「はっきりとは思いだされへん?」
「はい」
「あの店に来たのが五年ぐらい前として、その前がどんな所におったのかわかる?」
「蔵で、他の付喪神たちとおりました。その頃の主は、骨董これくたあという方だったそうです」
「コレクターやな。骨董品を集めるのが趣味やったんやなあ」
「蔵の前は、お部屋に並べられ、主が眺めておられました。ある日を境に蔵が居場所となりました」
「ある日を境に蔵に移動したんか。その時の主さんは、爺さんやった?」
「爺さんとは?」
「オレや冬樺とさ――」
言いながら夏樹が振り返ると、所長はもういないのに、冬樺はさっきの場所にいた。まだスマホを触っている。
「冬樺、何してるねん」
足を止めて声をかけると、少ししてスマホから顔を上げた。歩いてくる。
「僕のSNSのアカウントで情報を呼び掛けました」
画面を見せられる。平打ち簪の写真と情報を求める文章が表示されていた。
「そんなんで集まるんか?」
「やってみなければわかりません」
「ガセばっかり集まるんとちゃうん?」
「本物はこちらにありますから、今自宅にあります系は省けます」
「情報にお金を要求されたら」
「ブロックでいいんじゃないですか。所長に相談はしますけど」
「オレはそっち系わからんから任せるわ」
「以外とバカにできないんですよ。落とし物や探し人が見つかることもありますから」
「そうなんか。ほな情報がきたら教えてや。ほんで、続きな。オレらと骨董屋のおっちゃんとの違いわかる?」
冬樺との話が終わり、夏樹は彼女に体を向けて歩き出した。
「髪の色ですか?」
骨董屋の店主は白髪で、夏樹と冬樺は黒髪。
「それもあるけど、今はおしゃれで色抜いてる奴もおるからな。髪色やなくて、肌の違いわかる?」
「斑点や線でしょうか」
「そうそう。付喪神は何年経っても同じ姿を保っていられるけど、人は老いるんや。オレや冬樺は二十年生きてないから、肌つるつるやろ。次は所長みたいになって、最後は骨董屋のおっちゃんみたいになるねん。男の老人を爺さん、女の老人を婆さんっていうんや。わかった?」
「はい。これくたあだった主は、爺さんです」
「爺さんやったら、たぶん死んでしもた後に、家族が骨董品を蔵に移したんやろな。建て替えが決まって、お店に売られたってことなんかな。部屋より前は?」
「あまり思い出せませんが、髪につけて頂けたり、しまわれたりを繰り返していたと思います」
「そっか。思い出すことがあったら、教えてな。何でもいいから」
「はい」
「ところで、簪さんのその姿は、何か理由あるん?」
「姿? どういう姿をしているのか、わたくしにはわかっておりません」
「そうなんか。鏡見たことないんか。どっかに鏡みたいなん、ないかな?」
夏樹は姿が写りそうなものを探す。
民家が立ち並ぶ狭い通りを、車が走ってくる。車をよけるついでに路地を折れた。大通りに出ると、窓がガラス張りになっているカフェを見つけた。
「ちょっと見づらいけど、わかる?」
彼女を呼んで、ガラスに映る姿を見せる。
「って、映らへんのかいな」
ガラスに映ったのは、二人分。夏樹と冬樺だけで、彼女の姿は映らなかった。
「こんなにはっきり見えるのに、姿はないんや」
信じられなくて、夏樹はガラスに顔を近づける。
中にいたお客が、不審そうな視線を向けてきた。
「本体がないから写らないんじゃないですか」
冬樺の言い分に納得して、夏樹は体を戻した。
「そっか。簪は所長が持って行ったな。オレらが預かれば良かったんかな」
「失くすと大変ですよ」
「子どもやないねんから、失くさへんわ。姿は所長と合流してから見てもらおう」
さらっと失礼な発言をする冬樺に軽く噛みついてから、夏樹は街ブラを再開した。
*
二時間ほどかけて歩き回ったものの、簪の付喪神の記憶を刺激するような物はなかった。
疲れて事務所に戻ると、所長も戻ってきていた。
「お疲れ。何か思い出せた?」
「記憶も猫も収穫なし。所長は?」
「建て替えた家はすぐにわかったから尋ねてきたよ。簪を持っていた本人は亡くなっているから、入手経路はわからなかった。この辺りの骨董屋は当たってみたけど、どこも扱った記憶はないそうだよ」
「すぐにはみつからへんかあ。あ、そうや。所長、付喪神って鏡に映らへんの?」
「さあ、どうだろう。付喪神のことは、付喪神に聞いてみたらどうだ?」
「それもそうやな。一階行ってくる」
事務所を飛び出し、一階の甘味処で給仕中のマリーを捕まえる。
「マリーちゃん、付喪神って鏡に映らへんの? 映す方法ない?」
「夏樹くん、どうしたの? 突然」
困惑顔のマリーに、お客のいない階段の脇に連れて行かれる。
「仕事中にごめんな。さっき一緒に帰ってきた着物の人、マリーちゃんも見たやろ」
「付喪神よね」
「本人が自分の姿見てないから、見てもらおうと思ってて。付喪神のマリーちゃんやったら、何か知ってるかなって思って」
「マリーさんって、付喪神なんですか」
マリーからの返事の代わりに、別の所から声がかった。
夏樹とマリーが目を向けると、階段を下りてきた冬樺が、目を丸くしていた。
「はい。そうですよ。私と兄の本体は、銀食器です。私はスプーン、ルイはフォークです」
マリーが答える。
「ぜんぜん。きづかなかったです」
「うまく化けてるってことよね。ありがとう」
「冬樺は霊力低いからなあ」
冬樺から感じる霊力は、簪の付喪神よりは上だけど、所長より低い。うまく隠しているマリーが付喪神だと冬樺が気づかないのは、仕方がない。
さらりと夏樹が口にすると、冬樺が鋭い視線を送ってきた。
「わかるんですか」
「わかるよ」
視線と同様、声にも険があった。冬樺がぴりぴりしだした理由がわからなくて、しばらく見つめていると、
「夏樹くんは、霊力があり余ってるから」
間にいたマリーが口を挟んだ。
冬樺の雰囲気が、ふっと緩んだ。
「高いとは思っていましたが、あり余っているんですか。まるで体力ですね」
「脳筋とか言わんといてや」
「誰かにそう言われてるんですか」
軽口の言い合いに、マリーがくすりと安心したように笑った。
「鏡に映る方法わね、長い間、人として生きるか、宿っている霊力が高かったら映るのよ」
「どっちもあかんやん」
夏樹は首を横に振った。けれどマリーは微笑んだまま。
「そうよね。彼女の霊力は低いし、付喪神になりたてよね。でも、一つだけ方法があるのよ」
諦めかけた夏樹に向けて、マリーがぴしっと人差し指を立てた。
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