第4話

 高校入学の時だって。俺が窓の外の楽しそうな男子たちがサッカーをする様子を見ながら机にポツンと座っていたら、


「なぁ、名前は?」

「な、名前?」


「そう、名前。さっきみんなの前で一人ずつ自己紹介したけど、名前覚えきれてなくて」

「あ、そうなんや。えっと、名前は松村駿っていいます」


「俺の名前はな、大きい橋に、千のはなって書いて大橋千華っていうんだ。俺の苗字、福岡にある駅と同じ名前らしいんだけど行ってみたいんだよな〜。ってかいい名前だろ」

「そ、そうだね……」


 新学期にこんな風に緊張のひとかけらもなく。ましてや自分の名前を褒め称える人なんてそこそこいない。


「なぁんだよ、気に入らない?」

「いや、そんなこと、」


「駿もいい名前じゃないか。優れた人って意味だろ。かっこいい」

「そう、か」


 そういえば生まれてからずっと自分の付けられた名前になんて興味はなかった。考えたことなんて一切なかった。だって、勝手に命名されて、そのまま名前を聞かれれば自然とその文字を口走っていただけだったから。


 でも少しだけ覚えていた。父が亡くなる時言ってた俺の名前の由来。


「自他共に思いやりを持って、行動できる人になってほしい」

「――それが駿という名前に付けられた思いか」


「思い、?」

「そう。みんなこの世に生まれた人の大半は名前に願いや思いを込められて生きている。愛される人に育ってほしいとか、出世する人に育ってほしいとか」


「それって、願望?」

「んーー。でももしかしたら願望に近いのかもな。親がずっと子どものことを目線の先に置いておけるのはほんの数十年。あんなにハイハイ歩きして危なっかしかった子がちょっと経てばそそくさと歩き出してすぐに手元から離れ、今度は自分たちが永遠に手の届かないところへと去っていかなきゃいけない」



「だからこそ、一生見てやれない願いを込めて。最初で最後のプレゼントをあげるのが名付けっていうだろ」



 大橋くんは俺よりずっと大人だなって感じた。頬を緩ませて笑った陽気な笑顔から一変と真面目な表情になり、想像できないような言葉を説得力のある様子で述べた。きっと俺にはこんなこと話せない。思いつかないんだよ。


「大橋くん、ってすごいな」


 でもな大橋くん。きっと千の華って名前、君にすごく似合ってると思うんだよ。こうやってこんな俺に話しかけてくれて、ましてや嘘偽りのない素の笑顔で笑う君の周りには、たくさんの華が見える気がするよ。


「だろ? かっこいいだろ。だからこんな俺とよろしくな、駿」


 そこからだった。初対面から駿と呼び捨てしてくるような距離感の近い大橋と一緒にいるようになったのは。




「…ん、駿。浸るな、戻ってこい」

「ひ、浸ってないわ(笑)まずこの話に食いついたのはお前だろ」


「ちげーーよ。お前が浮かない顔してたからだろ。俺との貴重な夜ご飯だというのに」


 って思ったのがバカだったって思うくらいより明るくなった大橋。


「うっせぇよ。あーー、もうこの話は終わり!! ってか大橋、なんか話したいことあったんやろ」



「あーーそうそう。実はそんな彼女がいない=年齢の君にイベントを用意しました」



 楽しそうに俺の顔を覗きながらスマホでリンクを送ってくれた。大橋の企みは一体何なのかと気になりつつ遠慮しながら開くと、


「……俺行かない」

「うわ、即答。ええやん〜〜、かわいい女子大生がわんさかわんさかだよん?」


 画面には合コンという名の食事会。居酒屋で女子と酒を交わすなんて、かっこつけて無理やり飲めと言われていると言っても過言ではない。


「関西弁真似すんな(笑)大体お前はな、どうやったらそんな機会持ち込んで来れるんやて」

「やっぱり、ストダン部だから? 駿は軽音楽部なんだし出会いあるくせに」


「俺はただ音楽が好きやから続けてるだけ。それ以上でも以下でもない」

「まぁ、そんなこと言ってる駿には申し訳ないんだけど。もう送っちゃったんだよね」


 次に彼のスマホ画面を覗くと、開かれていたトーク画面には彼の「俺も行く〜〜」という文字と、俺の名前も追加で添えられていた。


「はぁ!? ちょ、お前待てよ、勝手に情報送んなって!!」

「いいじゃん、いい加減前を向けって」


「お前……そういうとこ本当にうざい。きしょい」

「うわ、そういうのいけないぞ。せっかく俺が機会を作ろうとしたんだぞ。明後日、絶対行くからな、講義一緒だから逃げるなよ」


「……俺面白くないからな」

「俺が隣にいるから、大丈夫だよ」


 なんの安心感だよと思いつつ、勝手に置いていくことなく隣にいてくれるのはやっぱり大橋らしさなんだろうなと思う。


 きっとこの企みも、大橋が俺のことを過去から連れ出してくれようとして誘ってくれたんだろうなということはわかる。だからこそ、こんな言葉を吐きつつも憎めないのにはこういう姿があったからだ。


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たとえ、愛した人があなたじゃなくても。 春羽幸 @iam_meeee

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