第5話 エピローグ

 老人は最後の幕を閉じるように力強く語った。


「ブーレイはそう叫ぶと、自らの身体に折れた魔剣を突き刺したのじゃ……。

彼は『29人』目、最後の一人に自分を選んだのじゃ……」


 相部屋の青年は、その物語の結末に呆気に取られていた……。その瞳には涙がにじんでいた。

 老人は更に語り続ける。


「魔女カーミラはそれ以来、人々の前に姿を現わさなくなった……。

 人間の姿に戻ったメルフィアは、ブーレイを失った悲しみ、人々を殺してしまった罪にさいなまれながらも、彼を想い続けたのじゃ。彼の分まで生きようと……。

 彼女はブーレイの子を宿していた。やがて彼女はブーレイの子を生み、彼の名をつけた……」


 老人は何かをつかむように手を上げると、最後の言葉を吐き出した。


「二人は今でも助け合いながら、力強く立派に生き続けていることじゃろう……!」


 老人は最後の物語を熱く語り終えた。

 物語を最後まで聴いていた青年は、何も語らず押し黙ったままだった。だが、彼の頬には涙が伝い落ちていたのだ。

 老人が物語を語り終えると、すでに朝になっていた。丁度物語を語り終えたと共に、それが合図だったとでも言うように、衛兵たちの足音が聞こえてきた。

 牢獄の扉がきしみながら開き、おぼろげな光が差し込んだ。


「時間だ、出ろ……」


 衛兵たちにうながされ、老人はゆっくりと立ち上がると、自分の役目は終わったとでもいうように扉に向かって歩いていく。そして背中越しに若者に告げた。


「元気でな……」


 若者は立ち上がり声をかけた。


じいさん――お、俺……生きてここを出るぜ。そしたらみんなに伝え続けるんだ! あんたの分まで!」


 去り行く老人に届くように、若者は最後には叫んでいた。老人は全てを決意したように、ゆっくりと牢獄を去っていく。



 二人の衛兵が老人を連れて地上への階段を登っていた。

 年若い衛兵が、年配の衛兵に聞いた。


「おい、こんな老いぼれがいったい何をやらかしたんだよ……!?」


 年配の衛兵は吐き捨てるように言った。


「やらかしたも何も、40年前の大量殺人者だぜ、こいつは……。街の人間を『28人』切り捨てたあげく、逃げおちたんだ。今頃になってのこのこ出てきやがってよ……」


 地上の教会前の広場に、絞首刑台が組まれていた。朝を告げる教会の鐘の音が街中に響く。

 牢獄から処刑台へと続く道の両隣には、大量殺人鬼の顔を拝もうと、街中の人々が集まっている。衛兵に連れられていく老人には人々から石が投げつけられた……。

 老人は罪を償うようにそれに耐え、よろよろとした足取りで処刑台へと向かう。

 老人は心の中で想っていた。


「何年も何年も、人々の流れの中に君の幻を探していた……。

 ……もうすぐだよ、メルフィア……。あの時わしに勇気があれば――いや、もうよそう……。

 神よ、この老いぼれに罰と、そしてほんの少しのあわれみをください――」


 処刑台に吊り下げられたロープは、静かに揺れていた。まるで彼の決意を受け止めるかのように――

 老人は全てを決意した面持ちで、処刑台の階段をゆっくりとのぼっていくのだった。


 愛のために死んだ人は神の御許みもとに葬られるという。だとしたら彼は、いったい何処へくというのだろうか――


<了>

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愛のために死んだ人は神の御許へ葬られるというが、だとすれば愛する人を救うために殺人鬼となった彼はいったい何処へ逝くというのだろうか AI @alceste

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