第4話 あと一人

「それでもブーレイは一夜に一人、街の人間を殺し続けた。そしてついに運命の夜がやってきたのじゃ――」


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 高台から街の風景を見下ろすブーレイを、満月が不気味に照らし出す。

 すでに29日目、最後の夜となっていた。


「あと一人、あと一人だよ……メルフィア……」


 ブーレイはメルフィアの姿がかたどられた剣にそう語りかけると、強く抱きしめた。その瞳からはすでに正気が失われかけていた。ブーレイはもはや、一夜に一人、すでに「28人」を殺した殺人鬼なのだ――

 冷たい風が彼の外套がいとうをはためかせる。


「満月の夜、今夜で全ては終わるんだ……」


◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 満月の光が教会の十字架を照らしていた。十字架の影は、まるでブーレイの墓標を刻むかのように長く伸びていた。

 ブーレイは最期の生贄いけにえを探して街を徘徊する。だが今日に限って街の中は静寂に満ちていた。路地裏にも、広場にも、誰一人として人気ひとけは無かったのだ。


「……妙だな、やけに静か過ぎる……」


 その静寂を、ひづめの音がき消した。


「やはり貴様か、ブーレイ! メルフィアをさらったあげく、今度は人殺しか!」


 気付くと騎馬隊の一団が広場を包囲していた。騎馬隊は手に手にいしゆみを構えていた。騎馬隊の隊長が叫ぶ。


「逃げ場所はないぞ、騎士の恥さらしめ! いさぎよく死ぬがいい!」


「くそっ!」


 そう吐き捨てると、ブーレイは背を向けて駆け出した。

 騎馬隊の隊長は、手を上げ高らかに号令を掛ける。


て!」


 その声と同時にいしゆみから矢が放たれた。その矢が運命を切り裂くように、ブーレイの肩と足を貫いた。再び放たれた数本の矢がブーレイの背中に深々と刺さり、彼はゴボリとどす黒い血を吐いて倒れ込む。

 騎馬隊はゆっくりとブーレイを包囲していく。もはやどこにも逃げ場所はなかった……。


「いいざまだな、ブーレイ。貴様のような殺人鬼には相応しい最期だ!」


 ブーレイは虚空を見つめた。いずりながら手を伸ばし、メルフィアの姿を思い描くように、虚空をつかもうともがいた。


 ――あと一人、あと一人で、彼女は助かるんだ……!


 教会の十字架の影が、彼の墓標のように影を伸ばす。

 もはやここまでか……、そうあきらめかけたとき――奇跡が、いや悪魔の与えた最後の好機がおとずれた。

 教会に隠れていた人々の一人が、外の喧騒を聞きつけ教会の扉を開けてしまったのだ。

 それは幼い少女だった――


「馬鹿な!?」


 騎馬隊の隊長の顔が引きつり、周囲に一瞬の緊張が走る。

 だがブーレイはその一瞬の隙を見逃さなかった。

 最後の力を振りしぼり、教会の扉の前に駆け寄ると、少女の首をつかみ地面に押し倒したのだ。彼はメルフィアの姿をかたどった剣を振り上げる。魔剣の刃は月明かりに不気味に照らされていた……。

 ――これで最後だ、これでメルフィアは生き返るんだ――彼は剣を振り下ろしながら雄叫びの声を上げた。

 その時、ブーレイにだけ、懐かしい声が聞こえた。


「もうやめて、ブーレイ!」


 ブーレイは振り下ろしかけた手を止めた。


「……その声は君なのか、メルフィア……」


 騎馬隊が手にいしゆみや剣を構えブーレイを包囲するが、幼い少女が人質となっており手が出せない。そのため教会の扉の周囲は膠着こうちゃく状態となっていた。おびえて震える幼い少女は、恐怖で声さえ出ないようだった。

 まるで時が止まったように、静寂が辺りを包みこむ。


 さらにメルフィアの声が、ブーレイにだけ聞こえてくる。


「もうやめて、これ以上罪を重ねないで……」


 ブーレイは剣を見つめ答える。


「だが、それでは君は、君は助からない……」


 ブーレイにははかなげなメルフィアの幻が見えた気がした。メルフィアの声は優しく、そして固い決意を秘めて語りかけてきた。


「どうしてかしら、今の私はずっとあなたがよく見えるの。私、死んでしまってもあなたを想い続ける、この想いが変わらなければいいって――そう想えるようになって……。

 でも、あなたは……あなたは変わってしまった。私はこれ以上苦しむあなたを見たくない。罪のない人々を殺すあなたを――」


 メルフィアの言葉は彼の心を揺り動かした。だが……、それでも彼はあきらめることができなかったのだ。


「……でも、それでも俺は君を失うわけにはいかないんだ!」


 彼はそう叫ぶと再び剣を振り上げた。


 その時だった――

 振り下ろそうとしたとき、メルフィアの姿をかたどった剣の刃が、真っ二つに折れてしまったのだ……。


「な、何故……!?」


 今度ははかなげではなく、はっきりとメルフィアの幻が見えた。聖なる光に照らされた彼女はゆっくりと空に上がっていく。


「ごめんなさい、ブーレイ……。私にもっと勇気があれば、あなたを傷つけることもなかったのに……」


 彼女の幻は光に溶けるように、消えようとしていく……。


「さようなら……」


 それが彼女の最後の言葉だった。


「メルフィアァァァ!」


 ブーレイは少女をつかんでいた手を離して、メルフィアの幻をつかもうと立ち上がり、手を伸ばして叫んでいた。


「今だ!」騎馬隊はその隙を見逃さず、一気にブーレイに駆け寄ろうとする。

 虚空を見つめるブーレイは呟く。


「すまない、俺は全てを見失っていたよ……。だが君を愛する想いだけは変わらない……!」


 彼は空に向かって叫んだ。


「地獄の魔女カーミラよ! よく見ているがいい!」


 ブーレイは叫びながら剣を振り上げると、一気に剣を振り下ろした――

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