走馬灯製作委員会

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第1話

いま、オレは、オレが子供の頃から自殺の名所だったビルの屋上に立っている。


もう、全部がどうでも良くなってしまった。


思えば、あの日から全部狂い始めたかもしれない。


自分の中の歯車が、アイツのせいで全部止まったみたいな、なんていうかそう・・・うん、うまく説明できないがそういうことである。


いまから10年前、婚活パーティーでオレは結婚詐欺にあってしまった。


生まれてこの方彼女居ない歴が何年も続いているから、焦っていたのかもしれない。


それに、自分に惚れてくれる女なんて居なかったんだ・・・。だから、疑いもせず本気にしちまったのかもしれないな。


今からあのときのことを考えると、なんであんなことしてしまったんだ〜・・!!!とか、婚活パーティーに行かなければよかったのか?とか、色々考えてしまう。


・・・そうだよな。これだけで、自分の中の歯車がどうのこうのなんてなるわけないよな。


べつに婚活パーティーに行くぶんにはまだ良かったんだよな。


そのとき、オレは、アイツと出会っちまったんだ・・・


アイツはすごい魅力的で、オレの話を熱心に聞いてくれた。


運動能力の、頭も全て並み。家庭環境も、ルックスも全部平凡なオレには、自分の話をちゃんと聞いてくれるような友達なんていなかったんだよ。


だって、面白味もないもんな。


こんな男と話してても。


・・・だから、本当に、初めてなんだよ・・・


ちゃんとオレの目を見て話してくれる人は。


まあそんなこんなで何回かデートとかしたあと、カフェに行ったんだ。


オレはその時、思い切ってアイツにプロポーズしたんだ。


アイツはすごい顔を真っ赤にして、「本当に・・・?」と言ってきた。


もちろん嘘なんかじゃない!本当だ!


だが、アイツは何も言わない。その沈黙に少し耐えられなくなって、それとなく周りを見た。


その時気がついた。


なんと、カフェの向かいはジュエリーショップじゃないか!


とりあえずカフェでの会計を済ませて、アイツとオレは一緒にそのジュエリーショップまで向かった。


アイツが欲しがったものは300万円と結構高いが、それでも大丈夫だ。問題は・・・多分、ないと思う・・・


その頃のオレはバカだった。


いや、あの、IQとかそういう問題じゃなくて。


判断力がバカだったっていう、ね?わかる?


まあ、今となってはそういう話はどうでもいい。


近くの銀行に行ってまで借金をして、アイツに指輪をプレゼントした。


だが、その指輪をプレゼントした2日後に、アイツは姿をくらました。


電話も繋がらない。メールも返信をくれない。


SNSのアカウントもブロックされてしまっていた。


・・・オレは、アイツにとって、ただの財布でしかなかったんだ。


その時借りたのは100万だったのに、残業ばっかりさせる会社の給料は高くない。安いボロアパートの家賃だけで精一杯だ。


その借金はどんどん膨れ上がり、今となってはもう1000万だ。

もう、どうすれば良いのかわからなくて、とりあえず、会社の上司に頼み込んで500万を貸してもらった。それで半分の借金を返した。だが、先を読まなかったオレは、次は上司に返す金がなくなってしまった。そうしたら、他の友人や部下に・・・を繰り返して、オレの借金はどんどん溜まっていくばかり。


あせって、でも、どうにかして給料を増やそうと、率先して、みんながやりたがらない仕事をした。取引先の書類や、会社の金をなくしたり落としたりしてしまった。


もう、楽になりたい・・・


だから、今オレはビルの屋上に立って飛び降りようとしている。


そんな高くもない金網に手をかけ、降りようとしたその瞬間・・・


「ちょ、待ってください!そこのあなた」


誰も居ないはずの後ろから、声が聞こえてきた。


まさか・・・同じところで自殺した、幽霊!?


ココのビルの屋上のドアは、古くて錆びてきしんだ音を出す。

だから、誰かが来ても気づくはずなんだが・・・


怖い、いや、構わないで飛び降りればいいじゃないか。いや、でも怖い・・・でも、誰が来たのか気になる・・・


好奇心と恐怖心が混ざり合って複雑な気分。


「ちょっと、聞いてるんですか!?ココの屋上には私以外にあなたしかいないでしょ!?」


幻聴カナ? アハハ・・・


オレの子供の頃の記憶が蘇る・・・


『ココのビルの屋上って、女の幽霊が出るらしいぞ!声をかけられて振り向くと、呪われるんだぜ!だから、ココの屋上に行くときは絶対振り向くなよ!』


あのときは、嘘つけ!と思っていたが。

実際にこうなると怖いもんだなあ・・・


「幻聴じゃないです。れっきとした人間です」


この声に聞き覚えがなんとなくあり、振り向いてしまう。


ああ・・・振り向いてしまった・・・呪われる・・・


「呪われませんよ」


「ていうか、誰なんだ、アンタ一体・・・」


女(性別不詳)は、少し考えるような素振りを見せると、

「そうですね。LRとでもなのっておきます」

「なんだ、そのLRというのは。ゲームのス◯ッチのコントローラーか?」

「ちがいます」

「まあそういうのはともかく。なんで、アンタココにいるんだ」

「私は、走馬灯製作委員会です」

「ハイ?」

あまりに斜め上な回答に困惑する。


「聞いたことありません?走馬灯製作委員会」

「いや、知らんが」

「そうですか。まあ知っても知ってなくてもいいんですが。走馬灯製作委員会は、名前の通り走馬灯を作る会社なんです!」

「・・・」


何回聞いても、よくわからない。何なんだマジで。新手の詐欺か??


まあ、別に詐欺にかかってもどうでもいい。どうせもう死ぬんだし、オレにとっては何でも良い。


「よくわからない、という顔ですねっ!たしかに、言葉だけではよくわからない思います。走馬灯製作委員会は、死のうとしている人、もうすぐ死ぬ人に幸せな気分を味わってもらえるようにする委員会なんですよ。試しに見てみますか?私の最高傑作を!!」


そう言って、LRは手のひらの上に白いもやのようなものを出した。


「おお・・・」

そのもやのなかには、動画のようなものが映し出された。


ある男の一生だった。


幼稚園では友達と一緒に虫取りをして遊んで、小学生では難しい勉強に頭を抱えて・・・中学生で彼女ができて・・・


最後は、たくさんの家族に囲まれて、幸せそうな表情だった。

男は、最後まで笑顔だった。


「次です。長いので2つくらいしか見せられませんが・・・」

「ああ、構わない」


次は、ある女の一生だった。


小さい頃から泣き虫・・・小学生でもいじめられっ子。でも、泣き虫でも、いじめに負けずに戦っていた。すごく勇敢な子供だった・・・だんだん、だんだんと、その顔が成長するごとに、見たことのある顔になっていく。


「あっ・・・!」

「どうかしました?」

「この女、オレが大学生の頃の政治家じゃないか!」

「・・・偉い人ならこの女っていうのやめましょうよ。まあ、それはともかくどうです?私の作った走馬灯は?あなたは自殺しようとしているんですよね?制作に2日程かかりますが、それでもよければお作りしますよ」


オレは、考えた。


とても長い時間、考えた。


ずっとずっとずっと考えた。


そして、オレは覚悟を決めた。


「・・・。いや、やめておく」

LRは、驚いたように、そして、怪訝そうな表情をした。


「・・・どうしてです?」

「・・・。この走馬灯の主役の、二人の一生は、とても幸せそうだった。でも、だからこそ。これからのオレに人生にも、さっきの走馬灯に写っていたような、幸せなことがあるんじゃないか、と思ったんだ」

それに、と俺は続ける。

「さっきの走馬灯、幸せなことばかりだった。でも、映っていない、「不幸なこと」が、たくさんあるんじゃないか、と思うんだが、違うか?」

LRは、何も答えられずに、うつむいていた。


「そうですね。走馬灯は、さいごに幸せなことを感じられるようにするものなんです。不幸なことは、映さないように設定してあるのです。」

「そうか・・・」


やはり、説明を受けても、LRの言っていることはオレにとってよくわからない。

「じゃあ、走馬灯製作は、やらなくていい、ということにしておきますね」

「ああ、よろしく頼む」

「ありがとうございました」

LRは、その場を離れていった。


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「LR、どうだった?アンケート調査の結果は」

「殆どの人間が、作らないという答えでした」

「そうか・・・」

ココは、人の願いを叶える魔神が住む世界。

さっきのように、現実ではありえないことに人間はすがるのか、というアンケートを今行っている。

「ですが、10%は作るという答えでした。まあ、私達魔神にそんな走馬灯なんて作る力は無いんですがね・・・」

「ああ、そうだな。人間というのは、極限まで追い詰められると、ありもしない嘘にすがりついてしまうのだな。なんと愚かなものか」

「ええ」


魔神の世界には、年に何回かアンケート調査を行う。

今回のテーマは、「走馬灯を必要とする人間は何%か?」というアンケートである。

人間を、全人類を、不幸にするための下準備として。

このアンケート調査のノルマを達成するため、魔神たちは、作るはずもない、叶えるはずもない願いを、人間に聞いて回るのだ。

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