第4話
目が覚めると窓の傍に一人の男性が立っていた。上下真っ白な服に身を包み、窓の向こうに目を向けている。雲ひとつない澄んだ青い空から放れたひかりが、その男性を抱きしめているかのように包んでいる。あの新人の職員だ。後ろ姿でも分かった。私の最後の記憶では、確かあの人は泣いていた。
「おはようございます。工藤……瑠衣さん」
私が目を覚ましたことに気付くやいなや、ゆっくりと振り返りそう声をかけてくる。私も形式上の挨拶だけを返すと、部屋の中に静寂が降りた。私とその男性は互いの存在を確かめるようにみつめあっていた。
「あの、どこかでお会いしたことがありますか?」
その静寂を破ったのは私だ。ずっと思っていたことだった。昨日、病室で初めてみた時から、本当にそれは初めてなのだろうかという疑問を拭い去ることが出来なかったのだ。
「同じ事を僕も……」と男性はぽつりと呟いてから、ゆっくりと歩みを進めた。ベッドで横になっている私の元へと一歩ずつ。着実に。不思議と怖くはなかった。むしろもっと近くにと求めていたのは私の方だったのかもしれない。いつの間にか右手を持ち上げて、その男性の方へと差し出していた。その手が、指先が、男性のそれと触れ合ったその瞬間、内から込み上げてくるものがあった。
「あなたは昨日、冬の帳村は実在すると言った」
男性は私の瞳を真っ直ぐにみつめてくる。まるで救いを求めているかのようだった。私は、小さく頷いた。
「それに新奈とも……言った。自分の中に新奈がいる。あなたは、そう言った」
目の中に、水の膜が張ってる。私は溢さないようにと力を込めた。
「僕も、見たことがあるんです。いや、それが日に日に強くなってる。雪に閉ざされた冬の帳村、施設、それに僕の中にいる誰かの人生、それが頭の中でまるで映像をみているかのようにずっと流れているんです」
「あなたの、名前を教えて頂けますか?」
潤んだ声でそう問い掛けた。けれど、その男性が口を開くその前から私には分かっていた。顔や姿は違う。けれど、この人の中にあるものを、私は知っている。だから初めて会った気がしなかったのだ。今になってようやく分かった。きっと。この人はきっと。
「僕の名前は、湊です」
涙が、溢れた。
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