第三章 母の温もり

第1話

 クリスマスの装飾は、女がするものだと大人は言う。綺麗に作ってね。皆がその空間にいるだけで楽しめるように可愛くね。口裏を合わせたかのように、男性も女性も大人は同じことを言う。でも、誰がそんなことを決めたのだろう、と煮えきらない思いで、私は食堂の入口に置かれた作り物のツリーに装飾を施していた。私と共に装飾をしている数人の女の子に混じって、小さな子供達は男女関係なく楽しげに職員たちと一緒に飾り付けをしてくれている。でも、私と同じ年くらいの男子達はテーブルに座り、大きな笑い声をあげながらトランプをしている。それを横目にみながら、レースを巻き、銀色や金色の大きさは様々の小さな玉を固いプラスチックで出来た葉に結び付けていく。時折、上手く巻けなくてぷつんと糸が切れた玉は、からんと音を立てて床に落ちた。私は、それを拾わなかった。この施設の外で生きる女性達は、皆この理不尽な扱いに耐えているのだろうか。それとも、この施設の中だけで取り決められているルールなのか、私には分からない。私はこの小さな世界でしか生きたことがないから。


「綺麗に作れてますね。新奈は子供の時から本当にセンスがいい」


 頭の上から声が降ってきて見上げると、そこには三島がいた。いつもの、貼り付けられた作り物の笑顔を向けられて、寒気がした。それと同時に、この笑顔を何食わぬ顔で今まで私に向けてきて、ずっと嘘を付いてきてきたのかと怒りも湧いた。今日も髪を綺麗に後ろに撫で付けており、眼鏡の奥には色のあせた目がみえる。


「どうしましたか? 私の顔に何か付いていますか?」


 抑えきれない怒りのままに、睨みつけてしまっていた。すぐに笑顔を貼り付ける。三島と同じように。


「いえ……なんでもありません。ありがとうございます。上手く出来てるかどうか分からなくて自信無かったんですけど、お世辞でも三島さんにそう言って頂けると嬉しいです」

「私はお世辞抜きでそう言ってますよ。新奈は将来その芸術的センスを生かせる仕事に就けるかもしれませんね。あーそうか、村にはそんな仕事はないですね。忘れて下さい。でも、それはきっと将来何かの仕事に活かすことが出来るはずです」


 では、と言って、三島は食堂の奥へと消えていく。まるで来年この施設から出ても村からでることはないだろうと言うような口ぶりだった。嫌味のような言い方に腹がたったが、三島の言ったことが事実でもあった。この村で生まれ育った人は何故か村から出ていこうとする人はほとんどいなかった。隣町まで何かしらの用事で出向くことはあっても、移り住もうとした人を私はほとんどみたことがない。私の周りだと、その決断を下したのは、凜花さんくらいだった。今はどうしているのだろうと頭に過ってから、凜花さんならどんな場所でも生きていけるだろうとすぐに納得した。それくらい凛とした女性だった。


「新奈、はいこれ被って」


 振り向くと沙羅がいて、頭の上に先端にいくにつれて細くとんがった帽子をのせられる。おでこの辺りには白いふわふわが付いていて、残りの部分は真っ赤に染まったクリスマス仕様の帽子だった。


「なにこれ」

「なにこれって、毎年被ってるじゃん。明日は私達の誕生日会でもあるでしょ?」

「うん。だから、被るのって明日じゃないの?」

「まあ、予行演習みたいな感じ? 明日は私達が主役だし、その前に帽子の可愛さも確かめてる方がいいじゃん。あっちのテーブルにもう少し派手めなやつがあったから新奈はそっちの方が似合うかもね」


 今日は十二月の二十四日。明日の二十五日はクリスマス会であるのと同時に私達の誕生日会でもある。その帽子は、誕生日の人が被るという、施設のしきたりのようなものだった。私達の誕生日は、正確には私が十二月二十七日で、沙羅は二十九日だ。だが、この妖精たちの庭には、雪が降る日に生まれ、生まれたことすら忘れられて親に捨てられた子供達が集まっている。皆が冬の間に生まれているものだから、一人一人の誕生日の間隔も近い。長くても一、ニヶ月程で、近いと数日やそこらであったり、同じ日に生まれている子達ですら数人いる。その為、月の前半に生まれている子達は毎月一日に、後半に生まれている子達は毎月二十五日に誕生日会はまとめて執り行われるのだ。


 私は、正直に言うとお祝いをされるような気分にはなれなかった。十七歳という年齢に、ひとつ数字が増えるだけで、十八歳になった所で今の私が何かが変わるとも思えない。そんなことよりも、今の私には考えなければならないことがある。頭の中で自問自答していると、沙羅が腰を屈めて私に耳打ちをしてきた。


「さっき三島と喋ってたでしょ? なんか言われたの?」

「いや、なんかツリーに飾り付けるセンスがあるとか、なんかよく分かんないこと言ってた」


 私がそう言うと、沙羅はなにそれと言って吹き出すようにして笑った。


「計画は、思い付いた?」


 私はそんな沙羅に向かって問いかける。沙羅は小さく首を横に振る。


「でもさっき薪割りしている湊と話してきたら、なんか思い付いたって感じだったよ」


 沙羅はそれだけ言うと、壁の装飾に戻っていった。私達が親を探そうと決意してから数日が経っていた。自分達の本当の親を探す、という目的はあるしゴールもある。けど、そこまでの道筋が定まっていなかった。施設の中で一番の禁忌とされている自分の出生元を辿るという行為。もし、それがバレてしまえばどんな目に合わされるか分からない。少し前までの私なら、たとえバレてしまったとしても少しの間外出禁止になるくらいか、懺悔室に数日放り込まれるくらいだろうと甘く考えていたかもしれない。でも、今は違う。どんな理由があるのは知らないが、十七年間もの間私達に嘘をつき続けてきた人達だ。もう、何をされてもおかしくないと思う方が自分の中で納得がいった。


 ──この施設は、狂ってるよ。


 湊の言葉を思い出した。きっと湊の言う通りなのだと思う。一度不信感を持つ始めると、今までは当たり前だと思っていたことが全ておかしいことに気付いた。一つは私達の名前の端についているギリシャ文字。そして、もう一つは毎月必ず行われる検査だ。数日前、計画を固めようと暖炉の前のソファに座り、三人で知恵を出し合っていた時だった。その疑問すら持ったことが無かった私達に、湊は問いかけてきた。


「なぁ、おかしいと思ったことないか? 本に出てくる登場人物達の名前にギリシャ文字が付いているのはみたことないし、村の人たちがそうやって呼びあっているのも聞いたことないだろ? 身体測定はあっても血液検査まであるって本にも載ってないし、もしそれがこの施設だけで行われていることだしら」


 そこまで言った所で、「ちょっと、そんな怖い話すんのやめてよ。今の段階で私達が分かってることって雪が降る日に記憶を無くすって事を皆に隠してたってだけでしょ?」


 沙羅はそう言ってから、私と湊に視線を滑らせて、あっ、という顔をする。それから申し訳そうに続ける。


「ごめん。今の発言はよくなかった。雪が降る日に忘れていただけの私と違って、新奈と湊はずっと孤独だったんだもんね。本当にごめんなさい」


 小さく頭を下げる沙羅に、私も湊も気にしないでと笑った。私には沙羅と湊がいるし、湊には沙羅と私がいる。私達は、もうひとりじゃない。


「じゃあ、言うね」と気を取り直すようにして沙羅が言う。


「雪が降る日に記憶を無くすって事を隠してたってだけでもひどいけどさ、その、さっき湊が言ってたようなことまでこの施設だけで行なわれてるっていうのは、さすがに飛躍し過ぎじゃない?」 


 言い終えてから、沙羅は私と湊を順にみる。少しの間沈黙が降りて、暖炉の中からパチっパチっと不規則な、だが耳障りのいい音が鼓膜に触れる。


「じゃあ、確かめてみよう」


 その沈黙を破ったのは、湊だった。

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