第7話 純粋な少年、オジェネ
ロボッコリンの詠唱に呼応するように、ロボッコリン・タワー最上階、全域に巨大な魔法陣が展開された。
何が起こる分からないオジェネは身構えた。
しかし何も起こらない。
だが、その隣では腹の底から突き上げるような絶叫を上げている男がいた。
「ふんぬぅぅ……ぬぬぬぅんほほぉぉぉぉッ!!」
「サィミンさん!? どうしたの急にっ!?」
サィミンは床で七転八倒。
エビ反りを披露してまで悶え始めた。
「その悶え様。やはり数十や数百どころではありませんね。数千は超えているでしょうか」
「くぅぅぅ……。きっ、きちぃぃぃんッ!! あ、あとは、たのんだ、ぞ……。こぞ、うぉぉぉぉッ!!」
「『抑圧』の呪いですか。奇しくもそのおかげで魔力が吸い取り切られず生き続けているようですね」
ロボッコリンは、悶え苦しむサィミンを蔑む目で見ながら、その苦しむ男の腹を踏みつける。
ぐげぇっとカエルが潰れるような声がした。
しばらく踏みつけ続けたロボッコリンはそれに飽きたのか、次に見たのはオジェネ。
何の変化もない彼を見て、彼女は目をぱちくりさせた。
「この欲望都市において、わたくしの継続型極大昇天魔法陣の中で動ける者がいましたか」
興味深そうに全身をなめまわしながら、彼に近づく。
やがて彼の前で立ち止まると、無表情だった顔が微笑する。
「全くの無害。その動揺のなさ。わたくしと同じで純なのですね、貴方は」
ロボッコリンは、オジェネの顎を持ちあげて耳元でささやいた。
その耳元でささやかれた声に、オジェネは脳を焼かれたような感覚を覚えて一瞬、ふわっとした。
しかしすぐアルバイトの事を思い出す。
ここでは彼女を説得するのだ。
「貴方はこちらに何用で?」
「あ、あの。ロボッコリンさん。僕達と一緒に着いてきてくれませんか?」
「着いていく? どちらへ?」
「サィミンさん達の依頼主さんのところにです」
「依頼主……? あのメス豚の元へ? ……わたくしは嫌です」
「なんで来てくれないの? 嫌な事でもあったんですか? ロボッコリンさん?」
「黙りなさいッ!」
ロボッコリンは汚物を見るような眼をして、離れた。
その直後、何者かがオジェネを背後から押さえつける。
オジェネは後ろを振り返った。
「サィミンさんっ!?」
「わりぃ、小僧。体が勝手に動いちまう」
サィミンが背後からオジェネの体を羽交い絞めにしていた。
サィミンのお腹とオジェネの背中が引っ付いて離れない。
「どうですか、大罪人サィミン。勝手に体を動かされる気分は?」
「最悪だ、この生娘が」
「これは貴方が行ってきた行為そのものです」
「はっ……! そうかもな。でもな、本家本元はもっと屈辱的だったぜ? 何もかもが改造されちまったみたいになぁ……ッ!! あん? ははっ、何だ、言えたじゃねぇか……」
「汚らわしいですッ!!」
ロボッコリンはサィミンの台詞に怒りを覚えた。
ロボッコリンの体から吹き荒れる魔力の嵐が強くなる。
最上階内のあらゆるものが部屋の隅に追いやられていく。
肌を焼くような痛みも増す。
オジェネはもう立ってられないと思うぐらいに強烈なものであった。
「なぜ貴方は生きているですか、大罪人サィミン。いえ、貴方だけではない。この都市にいる人間も皆、穢れてる。穢れた者などいっそ死ねばいいのにッ!」
ロボッコリンの怒りは、そのまま魔力の嵐を暴風へと変貌させていく。
このままだと魔力に押し潰されて死んでしまう。
魔力の圧だけで勝利してしまいそうになるとは、さすが魔導師十三傑の一人である。
「こ……、小僧。俺は見捨てて逃げろ。なんつー魔力……想定外だ」
「それはできないよ。一緒に逃げよ?」
「はっ……。いいんだよ。ようやく楽になれるかもしれねぇチャンスだ。こんな最後も悪かねぇ……」
「サィミンさん! 諦めちゃダメだよッ!!」
「大罪人サィミン。裁きを受けるのです。穢れた者は皆、滅せよ」
ロボッコリンの魔力の暴風が指向性を持ってサィミンに掃射されようとしたその時、オジェネの頭の中に何かがあふれ出た。
それはロボッコリンのあふれ出る魔力に感化された、何か。
頭に刺さっている左側のネジからあふれ出てくる暖かな感覚。
その何かは分からなかった。
気づいた時にはオジェネは、ロボッコリンに待ったをかけていた。
「ちょっと待ってよ、ロボッコリンさん」
「……? 何でしょう?」
「サィミンさんは確かに悪い事をした。ゴミだと言っても過言ではない」
「おい、小僧。ゴミはひどくねぇか?」
「サィミンさんは黙ってて。正直、擁護するの難しいけど何とかそれっぽく言って頑張ってみるから!」
「……お、おぅ」
オジェネに怒鳴られたサィミンは柄にもなく、しゅんとする。
サィミンは吹き飛ばされた部屋の隅で転がった姿勢のまま、事の顛末を見守る事にした。
そんなサィミンに、ロボッコリンは軽蔑した眼差しを向け、そして指差した。
「貴方の言う通り、あの男はゴミ。ですから裁きの鉄槌を――」
「でも罰はもう受けている」
「……? 貴方は穢れた者に味方するというのですか?」
「これは君の私怨なんだ、ロボッコリンさん。これは余計な事。君の言葉で言えば、そう穢れだ」
「何を言っているのですか……?」
「ロボッコリンさん、君は自分は穢れていないって思っているかもしれない。でも僕らに流れる血には……きっと何かを殺した者や、ルールを破った者、悪用した者、大切な何かを見捨てた者。そんな軽蔑されるような事を行ってでも生きたいと思った人達の血が混ざっていると思うんだ」
「だから皆、穢れていると……? ……いえ。ですが、それは過去の人間の行い。それを受け継いだモノには罪はありません……。そう、受け継いだモノには罪はないのです。それにこの都市の外では、その穢れも知らずに真面目に生きている人だっているのです」
ロボッコリンはオジェネの前まで歩むと、怒りをぶつけるように魔力を込めた右の掌でビンタしたが、彼はそれを素手で受け止めた。
動かない、と彼女は思った。
彼女が自身のボディ全体に流れる魔力のほとんどを右腕に集中しても全く動かない。
オジェネ、脅威の握力。
そんな彼は体に吹きつく魔力の暴風など無視して、ロボッコリンの睨んでくる目をじっと見つめている。
「……。ロボッコリンさん、一つ聞いても良い?」
「何でしょう」
「無知は許されても良いの?」
「……無知は罪です」
「だったら真面目に生きている人たちだって同じだよ。彼らは自分の血の歴史を知らないで生きている。それに本人達も知らず知らずのうちに罪に荷担して穢れていくと思うんだ」
「……」
「だから君の血だってどこか穢れているよ、ロボッコリンさん」
「わたくしの血が穢れている……?」
困惑なのかもしれない。
ロボッコリンの体全体から吹き荒れる魔力の暴風が明らかに弱まった。
彼女の頭からは、ぷしゅーと湯気が出ているようにも見えた。
「それは……今のわたくしにはもう分かりかねる事です……。ですが……わたくしに罪は……わたくしの罪は……」
ロボッコリンの 感情の荒ぶりが治まったのだろうか。
彼女から解き放たれていた魔力の嵐が停止した。
オジェネが受け止めていた彼女の手からも力が抜けた。
それに伴い彼が掴んでいた腕を離す瞬間に感じた彼女の手は、とても冷たい細い鉄のようだった。
「貴方は……貴方は何者なのですか?」
「僕? 僕はオジェネ」
「オジェネ……?」
「そう、僕の名前!」
「名前……? ……でもこの魔力は……これがわたくしの宿命なのでしょうか……」
オジェネの自己紹介に、ロボッコリンは物悲しげにほほ笑む。
そしてロボッコリンは、彼の名を反芻した。
「そう、オジェネさん……。……わたくしは貴方に興味があります。貴方に着いていってもよろしいですか?」
「本当!?」
「はい。貴方の力の源に興味があります」
「力の源……? 何のことか分からないけど……。でもやったよ、サィミンさんっ!」
「みてぇだな……。おい、小娘。詫びとして肩を貸せ」
地面に転がるサィミンが救難信号を出すが、ロボッコリンは侮蔑の目を向けて無視する。
「この
「うんっ! よろしく、ロボッコリンさん」
「よろしくお願いします」
オジェネが手を差し出すと、彼女は喜んでその手を握り返す。
二人は仲良しの証である握手をした。
オジェネ、トキマァゲの大森林の外に出て二日目とちょっと。
欲望都市ヨクボーンの支配者に、それっぽい事を言ってたらなんか説得?に成功する。
こうして、次はサィミン達の依頼主の元へと向かう事になるのだった。
ワケありな仲間と旅するムクな少年、その果てで勇者に目覚めていく ゆき @yukiha2610
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