第6話 欲望を支配する者、ロボッコリン・エース

 突き抜けた存在の象徴、ロボッコリン・タワー。

 それは塔みたいな構造を有する建造物。

 そんなタワーの従業員用非常階段を上る三人の姿があった。


「ねぇ、これ着替える意味あった?」


 オジェネは納得いかない顔で、サィミンに見た。

 隣で歩くミギィもそれに便乗する。


「そうっすね。あっしも思いやす」

「あぁ? 元はミギィ、お前の案だろ」

「そうなの?」


 サィミンに仕返しされて、ミギィはバツの悪そうな顔をした。


「……そうっすね。せっかくロボッコリン・タワーにきたんでやんすから、その気分の演出と、後は逃走手段として考えていやした」

「逃走手段……?」

「ここで見つかっても道に迷ったって言いやしたら逃げられるかと思いやして」

「……難しいんじゃない?」

「小僧、お前の言うとおりだ。まぁ、お前のボロ服が目立たなくなるだけマシだと思っとけ」

「そもそもこの階段で誰かと会うなんて……」

「おっと、小僧、準備しとけ。あちらからお出ましだ」


 かつんかつんと階段を下ってくる影。

 執事の恰好をしたダンディな髭を生やした男性。

 目にはカッコいい眼帯をしている。


「このような場所にお客様とは風情がありますね。ご用件は何でございましょう?」

「最上階にいるお前らの頭に用があるんだよ。てか、ついさっきも会っただろ。誰だっけ。カンリッツラーだっけ?」

「私はゲンバッツラー。警備主任及びロボッコリン様のメンテナンス係を務めております。以後お見知りおきを」


 ご丁寧に挨拶してくれたので、オジェネはお辞儀した。

 すると、相手もお辞儀し返してくれた。

 いい人かも……とオジェネは内心、思った。


「ここはあっしに任せてくだせぇ。どうせあっしはロボッコリン相手にゃ役に立ちやせんぜ」

「全くその通りだ。ミギィ。任せたぞ」


 ミギィが殿を務める事になった。

 ゲンバッツラーの前面に出て、ぱきぱきと指を鳴らして準備運動を始める。


「ほぅ。私の相手はそちらのふとっちょさんですか。では私の無理難題魔法を喰らっていただきましょう! いざ尋常に勝負!!」

「ひっひっひ。久々にあっしの超振動魔法が地を揺らしやすぜ」


 ミギィがゲンバッツラーの体にタックルして、階段の踊り場にある非常口まで相手を圧し潰す。


「サィミンさん! 今のうちですぜッ!!」

「うっし! おい、小僧。今のうちに最上階へ向かうぞっ!!」

「うん」


 ミギィとゲンバッツラーはお互いに徒手空拳の構えをしていた。

 しかし非常口がある踊り場を走り抜けた頃の背後では、キンキンと金属音が鳴っていた。

 なんか凄まじい激闘が繰り広げられているようだった。


  ◇◇


 ロボッコリン・タワーの最上階。

 水槽にピアノ、凄く高価そうなインテリア、そして素晴らしい夜景が眺望できる空間。


 そんな場所に一人の少女が黙々と仕事をしていた。

 迫る足音に気づいたのか、その少女は手を止める。


「どなたでしょう? 本日のお会いする予約はありませんが」


 その少女はこちらに顔を向け、てくてくと近寄ってくる。


 両サイドで縛った縦ロールの明るい色の髪、胸元を曝け出したボンテージドレス。

 四肢は細く、まるで機械で設計されて作られたかのような美しい肌のきめ細かやさとその容姿。

 ただ無表情で、何を考えているか分からないような少女。


 背は低く、オジェネは彼女を年下と判断していた。


「君がロボッコリンさん?」

「おい、小僧。安易に近づくな。あいつが魔導師十三傑の一人、ロボッコリン・エース。見た目はどこかのお嬢様みたいな小娘だが、実力はパない」


 サィミンの姿を見て、ロボッコリンは反応した。


「貴方は先ほどの無礼な訪問者。牢屋を抜け出したのでしょうか? とりあえず帰って頂けますか?」

「そう言わずちょっとだけいいからよ、一緒に来てもらえねえか? お嬢ちゃん」

「……嫌です」

「あぁ? 何だとぉ?」


 サィミンは凄もうと睨むが、ロボッコリンの鋭い眼光がサィミンを貫き返す。


「貴方の事、調べさせて頂きました。サィミン。いえ、大罪人サィミン・ヌレギーヌ」

「っち。どっから仕入れてきやがった、その名をよ!」

「無知は罪です。わたくしにはこの欲望都市に集まる情報を全て閲覧する権限を所有しています。貴方の過去の行いも全てわたくしは知っています。大罪人サィミン・ヌレギーヌ」

「っち。下手にしてりゃ調子に乗りやがって、この小娘!! それ以上喋るんじゃねぇ!」

「大罪人……?」


 オジェネはサィミンを見る。

 見た目、髭面の怪しいおっさん。

 闇ギルドに所属していて、美少女を連れ去ろうとしている人間。

 これは大罪人かも……。


「旧姓サィミン・ヌレギーヌ。現在三十五歳。元ゾークオウチ王国のヌレギーヌ地方の知事。事の始まりは今から八年前の事です」


 ロボッコリンは、静かにサィミンの過去について語りだした。


  ----


 サィミン・ヌレギーヌ。

 かつて貴方は武勲を掲げ、ゾークオウチ王国のヌレギーヌ地方の知事に就任しました。

 管轄内の民衆からは熱い声援が送られ、民衆からの支持も強かった。

 前任者は六十を過ぎた老人でしたからね、まだ三十にも満たない若い男に民衆は夢を見たのです。


 しかしそのような武勇譚は一年も経たずに終わりを告げました。

 正義感の強かった貴方は変わった。

 管轄地域内の古代遺跡から他者の精神はおろか身体、記憶、生理機能、果ては認知機能、経験すら改変する強力な狭域暗示型アーティファクト兵器が発掘された事で貴方は変わってしまったのです。


 そのアーティファクトを手に入れた貴方は、何をしたのか。

 立身出世?

 他国侵略?

 国家転覆の為の反乱?

 いえ、どれも違います。

 貴方の欲望はそうではなかったのですよね? 大罪人サィミン。

 そう、金と女。

 貴方はまず管轄地域内に奴隷を飼育し始め、他国への流通網を構築。

 当時、ヤミ・オウチ議員の秘書だったミギィと共に貴方達は管轄地区内で非道の限りを尽くしました。


 やがて管轄地区外に手を伸ばし、そしてゾークオウチ王国の王族の娘達にまで手を出したところで、それまでの犯行が発覚し、内乱が発生。

 最終的には一部の魔導師十三傑達が内乱鎮圧の為に介入した事によって、貴方方は投降。

 しかし手を出された王族の娘の何名かは行方不明。

 悲惨な結果を迎えました。

 そして秘書のミギィと共に国外追放の身となり、闇ギルドに捕まる事となった。

 いえ、正確には闇ギルドに売られたでしょうか。

 しかし死罪とならなかったのが不思議でたまりません……。

 どのような裏取引をしたのでしょう?


  ----


 一通り説明したロボッコリンは、ゴミを見るような冷たい目でサィミンを睨む。


「え!? 悪そうな見た目なのに、サィミンさんって偉い人だったの!?」

「昔の話だ。こう見ても二枚目だったんだぜ」


 後半は良くわからなかったので聞き飛ばしていたオジェネが、サィミンの前職を知って驚いた。

 ロボッコリンはオジェネの存在は無視して、サィミンに罪の重さを問い詰めていく。


「品性が何もない男。行った罪に対して百五十年間の労働は軽くはありませんか?」

「……ぁっ。っち、くそ。喋れねぇ。ったくよ。軽いだぁ? 軽くはねぇよ。解放された頃には俺達は灰になってる。それに身体も侵され、『抑圧』の呪いも受けちまっている。俺達はもう何も出来ねぇ。何もな」

「『抑圧』の呪い……?」


 オジェネが呟いた疑問。

 ロボッコリンがそれを聞いた為かは不明であるが、説明をし始めた。


「『抑圧』の呪い。貴方の中で生み出される特定の欲を魔力へ強制的に変換する呪い。この大罪人を縛るには無駄で贅沢過ぎる代物ですが、その国をも揺るがす規模の大欲。さぞ魔力は強大になったでしょう」

「あぁん……? 贅沢だぁ? っち。それだけじゃねぇぞッ! 俺達は自死ができねぇ。生きている限り、永遠に働き続ける死体。十分な対価を払っているじゃねぇか」

「貴方は、それを屈辱を受けた者達の前で言えるのですか?」

「てめぇも同じ穴のむじなじゃねぇかッ! 治外法権みてぇな事してる都市の支配者だろッ!」


 ロボッコリンは、はぁとため息を吐いた。


「わたくしは、この欲望都市ヨクボーンに来るゴミ共の管理をしているのです」

「あぁ? ゴミだぁ?」

「はい。世界の均衡を穢して私欲を満たすゴミです。ですが、安心してください。最終的にはフィクサーノ製薬の奴隷剤を利用して、各地に奴隷として発送し再利用します」

「あの悪名高き奴隷剤をねぇ……。てめぇも十分、俺と同罪じゃねぇか」

「わたくしがわたくしを使って何が悪いのでしょう? そもそも貴方は非合法。わたくしは合法です」

「てめぇは屑だ」

「貴方はゴミです」


 ばちばちとにらみ合うサィミンとロボッコリン。

 視線の間で火花が飛び散りそうなぐらいである。


「……っち。オジェネ、こいつを説得しろ。できねぇなら力づくだ!」

「え……っ!? この状況で!? 無理じゃないッ!?」

「見逃しません。大罪人サィミン。貴方を排除します」


 ロボッコリンの両目が赤く光り、彼女の体の中から魔力の塊があふれ出た。

 その魔力は物理的に大気を揺るがし、風を生み出す。


 赤い光の線達が床を這い始める。

 その線達が繋がり合うと、一つの巨大な魔法陣を紡ぎ出した。


「呼び起こしなさい、〝色を知った者達へイノセント・アライブ〟」



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