第5話 突撃、ロボッコリン・タワー

 摩天楼が連なる欲望都市ヨクボーン。

 高い建物群の中でも一際高い塔、ロボッコリン・タワー。


 タワー内の各階層には欲望都市にしかない特殊な欲を満たすサービスを事業の中心とした如何わしい店舗が建ち並び、日々しのぎを削っている。

 場合によっては国の法律で規制されるような事も満たしてくれる、そんな魅惑が詰まった欲望のタワー。


 オジェネ達は、そのタワーの最上階を根城にするロボッコリンに用事があった。


「つまり、そのロボッコリンって女の子を依頼主さんの元に連れて行くって事?」

「そうっす」

「言っちゃ悪いが、女の子なんて可愛らしい表現は似合っちゃいねぇな。魔導師十三傑の一人、欲望を冠するロボッコリン・エース。俺達じゃ手が負えねぇよ」

「魔導師十三傑って何?」

「小僧、知らねぇのか。……。おい、ミギィ」

「あー、これはサィミンさんもよくわかんないで喋ってみたいですねー」

「うっせぇ、教えろッ!」

「そうっすね。魔導師十三傑は、簡単に言うと魔導師の頂点に立つ十三人って意味っす。十年ぐらいおきに選抜し直す魔導師の頂点決定祭ってのがありやして、そこで勝利をもぎ取った人間がなりやす」

「へぇ、すんごい人達なんだね」

「そうっす。あと二つ名とかもその時勝手につくらしいっす。聞いたところによっちゃ、決闘制度とか弟子制度とかもあるらしいですけど……。まっ、それら含めて結局、力。この世は力っす」

「二人は魔導師十三傑にはなれないの?」


 オジェネの純粋な疑問に、サィミンが吠える。


「はぁッ!? 無理に決まってんだろ。あいつらは次元がちげぇ。それに俺は魔法っつーより接近戦が得意。魔法も地味だしな。あー、しかしまぁ、ミギィに関しちゃ可能性はあるな。今じゃ無限に近い魔力がある」

「ぶいっす」

「へぇ、ミギィさんすごいんですね」

「あんま期待すんなよ、小僧。こいつは魔法の扱い方が変態のそれだ」


 変態のそれって何だろうと、オジェネは疑問に思いながらも話を続ける。


「ロボッコリンさんってそんなすごい人なんだ。でも、そんなすんごい人をすんなり説得なんてできるのかな?」

「できるか、できないじゃねぇ。するんだよッ!!」


 小さな二人乗りの車に、三人乗りこんで運転しているサィミンが叫んだ。

 ふとっちょなミギィも乗り込んでいるので、車内は想像以上に狭い。


 オジェネはうーんと腕を組んで考えている。


「でも説得は一回失敗しているんでしょ?」

「依頼主の名前を出した瞬間に牢獄送りだったからなぁ。あれは交渉なんてもんじゃない。門前払いにちけぇ」

「じゃあ今度も失敗したらどうするの?」

「……。そん時は力づくって連れていく」

「でもすんごい魔導師なんでしょ? 力づくって無謀なんじゃ。戦うって事でしょ?」

「だからお前がいるんじゃねぇか、小僧」

「え……っ!? 僕が戦うの!?」


 魔獣相手であれば五年間の経験があるが、対人戦の経験は皆無だったオジェネは少し不安になる。


「心配すんじゃねぇ、小僧。お前だったら平気だ」

「何で?」

「ロボッコリンって女は特殊な範囲魔法を使うだが、お前が嘘をついてなきゃ殆ど効かねぇ」

「そなんだ」

「サィミンさんは一発その魔法をもろに喰らって、悶絶しながら牢屋にぶち込まれましたからね」

「要らんことを言うんじゃねぇ、ミギィ。まぁ、それでそのまま接近戦に持ち込め。近接戦は滅法弱いにちげぇねぇ。見た目お嬢様って面してたからな」

「なるほど。あとは顔とか殴って気絶させて持っていくんだね」


 オジェネの容赦ない宣言に、サィミンはひゅーっと口笛を吹いた。


「全くその通り。正解だ。小僧、良い勘してきたじゃねぇか」

「オジェネっちは根っからのこっち派だったんっすねぇ」

「ミギィ。お前こそ、準備はできてんだろうな」


 するとミギィはもぞもぞと車内をあさり始めて、太くて長い縄を見せびらかす。


「へい。魔力封じの縄ですぜ。気絶させて、これでぐるぐる巻きにすれば完成ですぜ」

「さっさと終わらせて祝杯といきてぇところだ。全く呪いがなけりゃもっと楽しくできたんだろうだがな」

「そうでやんすね」

「呪い……?」


 オジェネが二人の会話を聞いていて、疑問に思ったことを口にした。

 その言葉に二人は遠い目をする。


「ああ、闇ギルドに所属しちまった時にな。あの時の俺達には選べなかったんだよ」

「そうでやんすね。あっしらの身体を対価にして命拾いしたようなもんでありやしたらかなー」

「えっ、闇ギルドなのッ!? サィミンさん達って」

「うん? 小僧、言ってなかったか?」

「言ってなかった! 闇ギルドは危ないって運ちゃんが……ッ!!」

「俺達の闇ギルドはホワイトな闇ギルドで通ってるところだ。安心しな、小僧」

「そうなんだ、一安心」


 素直な、オジェネ。

 一安心した後に、そもそもの疑問をオジェネは口にする。


「でもロボッコリンさん。なんで来てくれないんだろ?」

「さぁな。本人が嫌がっているからな。依頼人と揉めた事があるとかじゃねぇのか。メス豚呼ばわりされていたしな」

「メス豚……?」

「まぁ、欲望都市ってのはそういう都市っつー事だ。そういう事をするのもされるのも好きな連中が集まる」

「そうでやんす。あっしらも昔は牧場で無理やり世話させられたもんでやんす。オジェネっちは興味ありやすか」

「えっ? うーん。僕は豚は食べた事しかなくて飼った事はないから少しあるかも」


 オジェネは良くわからなかったので、分かった振りをして答えた。

 しかし適当に答えたわけではない。

 トキマァゲの大森林にいた時、ペットが欲しかったのだ。

 豚を飼うという事も候補にしておこうと、オジェネは思った。


 ただしトキマァゲの大森林では豚は見かけない。

 だから彼は、きっと時々捨てた肉を拾い食いにし来る銀色に光る狼とかをペットにする事になるだろう。


「そっすか。オジェネっちは雰囲気と違って鬼畜でやんすね。あっしらの呪いが解けた暁には少しは教えてあげるっす」

「……え? 鬼畜?」

「おい、ミギィ。言ってて悲しくならねぇのか?」

「そうっすね。呪い解けそうにないっすもんね。百五十年間、労働ってあっしら灰になってますぜ……」

「えっ……? 百五十年間?」

「……っち。何でもねぇよ、小僧。忘れろ」


 サィミンの言葉に従い、オジェネは話を流す。

 車内に広がる沈黙。

 ふとっちょミギィは気まずそうに丸まっている。


 オジェネは車窓から外を眺めていると、急に思い出したようにサィミンのほうに振り向いた。


「あっ、ところで依頼主さんって誰なの?」

「小僧、気になるのか? まぁ、どうせ会うだろうから喋っちまってもいいが、依頼主ってのは……。おっと、到着しちまった。その話はあとだ。いったん外に出ろ」


 社外に出ると、サィミンは車のトランクから礼装を取り出す。


「オジェネ、さっさとこいつに着替えておけ」

「えっ、ここで着替えるの」

「仕方ねぇだろ、車内じゃ狭ぇ。安心しろ、俺もここで着替える」


 オジェネは車の裏側に隠れ、もぞもぞと恥ずかしそうに上下のボロ服を脱ぎ棄て、礼装に着替える。

 少しきつい。


「ちょっときついけど、大丈夫」

「あぁ? 俺用で少しはでかいんだがな……。見た感じは、まぁ大丈夫だろ。上着は着れそうになければ持っていろ。それっぽけりゃいい」

「わぁお。オジェネっち。力強いと思ってたすけど、全身ムキムキっすね。下もぱつんぱつんですぜ」

「森で鍛えていたからね」

「森だぁ? 小僧、森に住んでいたのか。今時」

「うん。昨日、森を出たばかり」

「ほーん。訳ありってところか。まぁ今はお前の事情を知るときじゃねぇな。つーか小僧、帽子取れ」

「ダメっ! この帽子は大切な友達から貰ったものだから、絶対ダメっ!」


 オジェネは帽子を手で掴み、脱ぎ捨て拒否の姿勢をあらわにする。

 サィミンもその強硬な姿勢に諦めた。


「っち、まぁいいか。着替え終わし、さっさと行くぞ、野郎ども」

「『暗闇の闇』任務再開っすね!」

「わぁーっ! 突撃っ!」


 オジェネはロボッコリン・タワーのエントランスに向かって走り出そうとしたが、サィミンが行く手を阻む。


「ちょい待ち、小僧。俺達が突撃する先はあっちだ」


 サィミンが指さす方向を見ると、そこには従業員向けの小さな入り口があった。


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