第4話 暗闇の闇、サィミン&ミギィ

「ミギィ、やっと来たか。おせぇじゃねぇか」

「すいやせん。サィミンさん。あっしも外で悶絶してやして。今空けますぜ」

「……おい。まだか」

「すいやせん。この鍵じゃなかったみたいっす。こっち?」

「あー! 畜生ッ!! さっさとお前の魔法で壊せ」

「魔力封じの牢屋に魔法は効かないんですぜ、サィミンさん」

「知ってらぁ!!」


 隣の牢屋が騒がしさに、オジェネは目を覚ました。

 先ほどまで知らない綺麗なお姉さんの夢を見ていたオジェネは、綺麗だったなぁっとボウっとした頭の中で思っていた。


 がしゃんと隣の牢屋で扉が開く音がした。


「何しているんだろう」


 オジェネは牢屋の鉄格子に顔を張り付かせて、隣の様子をうかがった。


 牢屋の入り口には二人の男がいた。


 一人は中肉中背、鋭い眼光と皴が刻まれたいかつい顔つき、そして髭面の男。

 もう一人は恰幅の良い体つき、突き出た大きなお腹、髪の毛がもじゃもじゃで肌艶の良い大男である。


 髭面の男がオジェネを見つけると、不機嫌そうな顔をかけてきた。


「なんだ、小僧。何か用か」

「おじさんっ!? 牢屋でちゃったの!?」

「おじさんだとぉ!?」


 髭面の男、サィミンはカチンときたのか拳を握る。

 しかし、すぐに冷静になった。

 きっと自分の歳の事を考えたのだろう。


「っち。まぁその通りか。おい、ミギィ何笑ってやがる」

「ぷぷっ。髭面のサィミンさんはこう見えてまだ三十半ば」

「え。おじさんじゃん」


 オジェネの正論に、サィミンと太い大男、ミギィは凍り付いた。

 「サィミンさんはまだ若いですぜ」とミギィが肩を落とすサィミンの背中を撫でて、励ましていた。


 特に悪気はなかったオジェネは、何かしちゃった? と疑問に思いながらも肩を落とすサィミンに質問する。


「おじさん、牢屋って出ても大丈夫なの」

「あぁ? そりゃもちろん。つーか、俺は無実の罪だしな」

「僕も無実の罪っ! じゃあ出よ」

「おいおい、小僧。出ようと思って出られるほど……」


 オジェネは牢屋の太い鉄格子を握ると、思いっきり力を入れて広げる。

 人一人分は通れるほどのサイズまで格子が広がると、オジェネはそこから華麗に外へ出た。


「出られるのか、小僧?」

「力入れたら普通、曲がるよね?」


 サィミンは冷汗を垂らしながらミギィを見やる。


「ミギィ。魔法は使わねぇで、そのぶっとい腕で曲げられるか? この牢屋」

「サィミンさん、無茶言わないでください。ただの鉄棒だったらできると思いやすが、こいつは無理ですぜ。腕が折れますぜ」

「そりゃそうか」


 ミギィが必死に鉄格子を曲げようとするが、びくともしない。

 ん、少し曲がったかも。


「でもなんで僕、無実の罪なのに牢屋に放り込まれたんだろう」

「そりゃ、服だろ。そんな服着てりゃ、スラム街に住み着く鼠だって思われちまっても仕方ねぇ」


 その言葉を聞いて、オジェネは思い出した。


 そういえば、トラックの運ちゃんもそんな事言っていたかも。

 帽子以外、森の中の川で拾ったり五年前のものでボロボロ。

 着いたらまず服を買っとけって。


「ああ。僕、失敗しちゃった」

「馴れだ。経験だ。若いうちに失敗してよかったじゃないか」

「サィミンさん、失敗で牢屋送りの奴隷オークションはさすがにきついですぜ」

「そんな度胸がない奴が、この欲望都市に来るわけねぇだろ」

「さすがサィミンさん。その通りっす」


 しょんぼりするオジェネも、経験になったと前向きに思う事にした。


「ところでサィミンさん、これからどうします」

「あぁ? 考えたくねぇな」

「一度失敗しちゃいましたしね、サィミンさん」

「ミギィ、あれは失敗じゃねぇ。交渉すら入れていねぇんだからな。全くあのエルフ、面倒な依頼を押し付けやがって。どうしろってんだ」

「まぁ、若い子探すしかないんじゃないんですかねぇ……」

「若い奴か。できれば強ぇ男がいいな……うん?」


 サィミンは隣で立っているオジェネを見て目を瞑り、何かの算段を付けている。

 梅干しでも齧ったかのような顔がその必死さを物語っている。


「まぁ、頭空っぽそうだしいいか……。おい、小僧。物は相談なんだが、アルバイトする気はねぇか」

「アルバイト? それって何?」


 小馬鹿にされた事など露知らず、オジェネは小首を傾げて疑問を呈した。


「知らねぇのか? 短ぇ仕事の事だよ。まぁこの場合は単発バイトだな。俺達は面倒見がいいから、駄賃は弾むぜぇ」

「お金ッ!? あ、そういえば取られたまんまだった」

「取られちまったのか。だったら今ごろ、もう使われちまっているだろうな」


 うそーと声を上げながらオジェネは膝をついた。

 せっかくトラックの運ちゃんが換金してくれたお金だったのに。

 それがその日のうちに消えていく。

 この先、どうやって旅をしよう。


 サィミンは悪い顔をして、そんな心境のオジェネにささやく。


「どうだ、小僧。金は必要だろ、一日ぐらいバイトしねぇか」

「うーん。じゃあお金ともう一つお願いしていい?」

「願いだぁ?」

「うん、質問。実は僕、フェアリードラゴンを探していて、どこにいるか知りたいんだ」

「フェアリードラゴンだとぉ? ……まぁ、知っているっちゃ知っているが」

「本当ッ!? じゃあやるッ! バイトするッ!」


 オジェネはサィミンの言葉を最後まで聞かずに即決した。


「よし。じゃあ……。いや待てよ。ところで小僧。聞きたいことがある。女は何人知っている? 大体の数でいい。おっと、それと男もだ」

「女……? と、男……?」

「ああ、とんでもなく重要な事だ」


 オジェネは考え込んだ。


 男とは男の子の事だよね。

 知り合いは誰もいない。


 女とは女の子の事だよね。

 マージョさんとは友達だし、知っている仲だと思う。

 でも一人。

 いいや十分だ。


「うん、知っているよ。女の子を一人」

「ほーん。まぁ、小僧のその気質だとそんなもんか。しかし一人か……。まぁ平気だろ、合格だ」


 うんうんと髭を撫でながら頷いたサィミンは、オジェネの肩を叩いて採用決定の旨を述べた。


「小僧、俺達の鉄砲玉として今日明日いっぱい頼むわ」

「え、鉄砲玉? 何するのッ!?」

「簡単な仕事だ。俺達の前に立ってりゃいい。それだけだ」


 なんか想像していた仕事と違うと、オジェネは思った。


「おい、ミギィ。決定だ。この小僧でいく」

「よろしくー。ところで名前は?」

「僕はオジェネ。よろしくね」


 オジェネは握手をかわそうと手を差し出した。

 サィミンはその握手を拒み、ミギィはオジェネの握手に答えてくれた。


「あっしはミギィ。主にお菓子を食べる担当。このおじさんがサィミンさん。酒担当で、あっしら『暗闇の闇』のリーダー」

「へぇ、なんかカッコいい名前だね」


 オジェネは何も考えずに感想を述べるが、サィミンから嫌な顔をされた。


「っち。人からはよく馬鹿にされるぜ。俺達が付けたわけでもねぇ、馬鹿みてぇな名前だ」

「え? カッコいいよ」


 オジェネの素直な感想に、サィミンは、かぁぁーっと呻き声を上げながら髪をかきむしった。


「あぁ、そうかよ。こっちこい、小僧。これから行きながら話すぜ」

「えっ、待ってよ。行くってどこに?」

「ロボッコリン・タワー。この欲望都市ヨクボーンを支配する年齢不詳の女魔導師が住まう場所だ」


 オジェネはサィミン達と共に牢屋を抜け出すと、欲望都市の支配者の元へと誘われていくのだった。


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