第33話 スキルブースト
普段の俺の能力ではかなり本気を出さないと対象の影響を与えることはできない。
だというのにこんなに簡単に鉄の容器が動くなんて。
姫川に協力してもらった時と同じかそれ以上だ。
「……それで強化してんのか?」
売人を名乗る相手に憐憫の目で見られた。
能力を憐れまれたりするのは慣れているものの、こういう場所でもそうなるとは。
「本当に効果はあるみたいだな。こんな簡単なことで能力が強化されるなんてどういう仕組みなんだ?」
「知らねぇ。俺は学者でも薬学者でもない。ある日突然送り付けられたんだよ。売りさばけってな。元々色んなものを売ってたから送ってきたんだろう。それでいくら出す?」
「それは……」
効果が有ったのは間違いない。
リカが知りたがっていたのは間違いなくこれだ。
世話になっているし、懸念も分かる。
できれば持ち帰ってやりたい。
「これでどうだ?」
右手を広げて手の平を相手に向ける。
「足りない」
「なら……」
左手も同じようにする。
正直言って重い出費だ。
一ヵ月分の稼ぎに匹敵する。後でリカから補填してもらえないだろうか。
「いいだろう。ここに振り込んでくれ」
見せられたQRコードにお金を送る。
使い捨てのアカウントなので相手の情報は何も分からない。
恐らく今の姿も変装した格好だろう。
「毎度あり。じゃあ有用に使えよ」
「他にも売るのか?」
「気になるのか? 残念ながら俺の分はあんたで最後の客だ。企業が動き始めたからな。下手に動いたら命がいくつあっても足りない」
そこまで言うと売人はさっさと店を出た。
リカの言った通り、企業もこのスキルブーストの行方や製造元を探し始めているらしい。
もしデパートを襲撃してきたような連中がこれを使用したと考えたら……。
被害はもっと酷いことになっただろう。
能力は生まれ持ったものである。
もちろん訓練次第で能力が向上することはあるが、こんな簡単に強化されて良いものではない。
悪人に渡らないようにしてもらいたいものだ。
早速リカに連絡を取る。
するとすぐに電話がかかってきた。
人気がないとはいえ、ここで話す内容でもない。
できれば誰にも聞かれない個室で話したい。
「先生、これほんと?」
「ああ。手元にある。でもいまは外だから……ちょっと待ってくれ」
「なら今から送るホテルに来てよ。安全な場所だから」
リカから送られてきた住所は中央区にある最高級ホテルのものだった。
そこの上層に部屋をとってあるとのことだ。
良いところのお嬢様なのは察していたが、まさかこんなに気軽に高級ホテルの部屋をとれるとは思わなかった。
一泊するだけで売人に払った額と同じかそれ以上の料金が必要になるだろう。
自分の身なりを確認する。
年相応の私服でみすぼらしくはない……と思うが高級ホテルに堂々と入れるような服装じゃない。
そのことをリカに伝えたが気にしなくてもいいとだけ言われて通話が切れた。
ツーツーと通話の途切れた音だけが耳に響いてくる。
困ったなぁとため息をつきながら呼ばれた場所へ向かった。
「お客様……」
ホテルに入って周囲を見た瞬間、早速フロントマンの男性が近寄ってくる。
口調は丁寧だが、こっちを訝しがっているのはなんとなく伝わってきた。
そりゃあそうだろう。
安っぽい服を着た若者が場違いにも高級ホテルに入ってきて、しかも場慣れしていないのだ。
間違って入ってきたと思われて当然だろう。
「宿泊のお手続きでしたらご案内いたしますが、いかがされますか?」
「ええと、人に呼ばれて」
「では、お取次ぎいたしましょうか?」
下手に取り繕うよりも正直に伝えた方が怪しまれないだろう。
……というかリカの本名を実は知らないんだよな。
リカとしか呼ばれないし、俺も呼んだことがない。
「十階の三号室にいるはずなんですが……」
恐る恐る伝えると、フロントマンの男性の表情が一瞬だけ固まった。
だがそれは本当に一瞬のことで、少々お待ちくださいと言ってすぐに受付へと移動した。
歩いているのに凄く速さだったな。
「失礼しました。お話は伺っております。すぐにご案内いたします」
「えと、はい。お願いします」
どうやらリカが事前に話してくれていたらしい。
さっきに比べて圧を感じない。
先導してくれることになったので素直に後ろについていく。
エレベーターに乗り、十階に辿り着いた。
どうやら最上階のようだ。
「一番奥の部屋になります」
「ありがとうございます」
お礼を言ってエレベーターを降りる。
部屋の前まで連れて行ってくれると思ったのだが……。
言われた通り一番奥の部屋を目指す。
三号室と書かれた部屋を見つけたのでノックする。
何度かノックしても返事がない。
端末からメッセージを送るが既読が付かない。
どうしたのかと思い、電話をかけた。
もしかして寝てしまったのだろうか。
外出していたらさっきの時点で言われるはずだし……。
すると部屋の鍵が開錠されてドアが開いた。
出迎えてくれたのはリカだった。
ただしバスローブ姿で前が少しはだけた状態の。
髪が濡れているのでシャワーでも浴びていたのだろうか。
「お、おい。その格好をなんとか」
しろ、という前にリカに手首を掴まれて引っ張り込まれた。
「先生早いねー。もう少しかかるかと思ってシャワー浴びちゃった」
リカは気にせずふふっと笑いながらこっちを見る。
あまりにも扇情的な格好に背を向けた。
「とりあえず何か着てくれ!」
「もしかして照れてるの?」
「いいから!」
強く言うと、もーと言いながらも衣擦れの音がする。
なぜリカの着替えの音を聞かされているのだろうか……。
夜更かし先生 HATI @Hati_Blue
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