第32話 本物?
「私は正直ちょっと怖い。壁越えみたいな連中は結局人からの支持を集めないから一過性だけど、今みたいな感じだと暴動に繋がりそうで怖いよ。だって能力が強くなるなら生徒だけが欲しがるわけじゃないじゃん。もし本当にあるなら取り合いになる。まして誰かが独占なんかしたら、そいつが権力を握るなんてこともあり得ないとは言い切れない。企業が許さないとはいえ、もし企業が持つ戦力が負けたりしたら……地獄だよ」
「リカ……」
企業は都市において法であり、秩序だ。
経済活動の中枢でもある。
もしその企業よりも強い力を持つ存在が現れたら、一体どうなってしまうのだろうか。
根底から覆されるような恐怖を感じた。
リカの言うことは大袈裟だと思うが、気楽に終息を待つのも危険かもしれない。
それに、一刻も早く収まってくれないと過労で死ぬ気がする。
リカとは何かあったら連絡すると約束して別れた。
次の日から色々と調査を開始した。
初めは学校の掲示板からだ。
噂話ばかりだが、概要程度ならこれで掴める。
見た感じスキルブーストを手に入れたという学生が現れるまでは学校の七不思議程度の信憑性しかなかったようだ。
それが実在したという話が出た瞬間に一気にミーム化し、今の有様となった。
これは……もしかしたら仕掛け人がいるのではないかと思った。
いちいちタイミングがよすぎる。
沈静化したと思ったら新しいネタが必ず投下され、より具体性を帯びていくのだ。
この調子だとそろそろ本当に手に入れたという書き込みが出てもおかしくない。
学校側も対処しようとしているようだが、焼け石に水だな。
そんな中で気になる書き込みを見つけた。
<スキルブーストが欲しいやつは連絡しろ>
そんな書き込みだ。
怪しげな書き込みにしか見えない。
詐欺かあるいはウィルスに感染させるつもりなのか。
実際にそう思われたのだろう。殆ど参照されず、埋もれていた。
だが今は少しでも情報が欲しい。出処をなんとかしないと仕事を続けるのも難しくなる。
コンビニでプリペイド携帯を購入し、そこからアクセスすることにした。
連絡先として書かれていたのはチャットルームだった。
そこに参加しているのは俺ともう一人。
売人とだけ表示されている人物だけだ。
俺はスキルブーストに興味があることを書き込み、相手の反応を待つ。
しばらく待ってみたのだが反応がない。
もしかしたら相手はもう画面を見ていないのかもしれない。
そう思い、携帯の電源を切ろうとしたその時。
ピコン、とチャット音が鳴った。
<なんだお前、スキルブーストが欲しいのか>
<ああ、そうだ。あんたが持ってるのか?>
<もちろん。それで、いくら出す?>
少し考える。
相手が本当に持っているかどうか。
持っていたとして、いくらで売ってくれるのか。
そして、出処を知っているのか。
<効果が分からないものに値段は出せない。もう少し詳しい話を聞かせてくれ>
<冷やかしじゃないだろうな?>
<本気で欲しいんだ。ただ学生なんだし金を出すなら慎重になるのも分かるだろ>
この掲示板を使用しているということは相手も学生のはず。
なんとか言い分を聞いてくれないだろうか。
<いいだろう。試しくらいはさせてやるよ。指定した場所に来い>
相手は場所を書き込んだ後に退場してしまった。
書いてある場所は……電車で移動すればそれほど時間はかからない。
時間の指定がないということは今からこいということか。
すぐに移動を開始した。
電車に乗り込み、指定された場所へ向かう。
そこは寂れた定食屋だった。
中に入ると営業中にもかかわらず客が一人もいない。
もしかしていたずらだったのか?
「いらっしゃい。好きな席へどうぞ」
店員らしきおばさんがそう言って促してくる。
こうなっては入らないわけにはいかない。
適当な席に座り、出された温い水道水を飲む。
「注文は?」
「じゃあこの日替わり定食を」
「二人分で」
「はいよ」
いきなり向かいにフードで顔を隠した少年が座り、注文に口出ししてきた。
突然のことに何も言えずにいるとおばさんが厨房へと引っ込んでしまった。
「飯くらいは奢れよ。手間賃だ。お前がスキルブーストが欲しいってやつだろ。じゃなきゃこんなとこに来ないもんな」
「あんたが売人か」
「ああ。話は食いながらにしよう。ここの日替わりは美味いんだよ」
美味いんならなんでこんなに客がいないんだと言おうと思ったが、相手の機嫌を損ねそうなので止めておいた。
すぐに二人分の定食が運ばれた。
米と味噌汁は温かい。
おかずはトンカツだった。
感想としては普通。
すぐに食べ終えると、サッと下げられてしまった。
普通はここで席を立って店から出るのだが、相手は座ったままだった。
このまま話すのだろうか。店の人の視線も気になるが、こっちを見てすらいなかった。
「気にするな。満席ならともかくこの状態なら多少は問題ないよ。知り合いだし」
「そうか……それで、スキルブーストのことだけど」
「これだよ」
机に置かれたのは目薬の容器だった。
中身は液体で満たされている。
「これって目薬……」
「差してみな」
何が入っているのかも分からないのに差せるのかと言いたかった。
だがそれでは話が進まない。意を決して左目に一滴落とす。
すると強烈な刺激で思わず顔をしかめる。
「効くだろ。能力を試して見な」
こんなことで能力が上がるはずがない。
そう思っていたのだが……。
明らかに手応えが違う。
僅かな力でテーブルの上にある鉄の容器がスッと動いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます