第31話 スキルブースト

 数日たたないうちにうちの学校でも噂がより具体性を帯びはじめて教師が動き始めた。

 そうはいっても注意喚起程度のものだ。

 最近噂になっている能力を強化する薬は科学的に存在しないし、もしそういったものを発見したら危険なので必ず学校に届け出ることが周知された。


 だがより具体的な噂が出てから対処したせいで実はあるのではないか、という考えを生徒に植え付けてしまったのは失敗だったと思う。

 噂好きの生徒だけではなく、ほとんどの生徒がこの薬について話し始めてしまった。


 まるでインターネットのウイルスのようだ。

 一度知ってしまったら知る前には戻れない。

 あるのではないかと考えてしまえば、探したくなるのが人の心というものだ。


「聞いた? スキルブーストのこと」

「なんだ、そのスキルブーストって」

「今噂のあれだよあれ。飲めば能力が強化されるって噂の」


 ついに名前まで付いてしまったらしい。

 休み時間はほとんど寝ている橘内ですら耳にしたということは、もう周知の事実ということか。


「他の学校でも噂が流れてるみたいだけど、出本はどこなんだろうな」

「さぁ? 分からない。それを使ってみた人がいるんじゃない」

「橘内はスキルブーストがあるって信じてるのか?」

「だってもし存在したら努力せず能力が強くなるってことでしょ? 前回みたいなときに撃退できるかもしれないじゃない」


 珍しく橘内が身体を乗り出してリズムよくシャドーボクシングし始める。

 意外と気にしていたようだ。


「橘内さん、その理屈だと相手も強化されるからあんまり意味ないと思うよ?」

「え、姫ちゃんそれはどういう……あ、そうか。その場合は私だけが飲んでるとは限らないのか。はぁ、なんだよそれ」

「残念でした。私としては能力がかぶるからない方がいいかな。それにそんな都合のいい話があるのかな? 何のリスクもなく、能力だけを強くすることができるなんて。ちょっと信じられないよ」

「企業がそういう研究をしているみたいなのは聞いたことがある。前に雑誌で読んだ。ただそもそも能力ってなんだっていう話になるらしくてろくに進んでないらしい」

「あー。本当になんでなんだろうね? 生まれた時から使えるから不思議となんとも思わないんだけど、改めて考えるとよく分かんないねぇ」


 俺たちが扱う能力は、実に様々だ。

 鉄の塊になれる奴がいたり、変身能力がある奴がいたり。

 能力と一言でいっても画一的なものではない。

 だが分類できる程度には系統的なものもある。

 つまりは何も分かっていないのだ。


 そんな状態で能力の底上げが出来る薬などありえるとは思えない。

 あったとしても、一切の副作用がないと考えるのは楽観的過ぎるだろう。

 ……姫川の能力が姫川抜きで手に入るのだからそれでも求める生徒は現れる。


「うーん。実物が手に入ればあーだこーだできるけど。結局手に入らないからなぁ」

「手に入っても使うなよ。何があってもおかしくないんだ」

「はいはい。心配性だねぇ」


 結局噂止まりなので話題になるだけでそれ以上の進展はなかった。

 だが、それから間もなく事件が起きる。

 学校の掲示板にスキルブーストを手に入れたという人物が現れた。

 学校側はすぐにその書き込みを削除したが、消すと増えるというネットの格言があるように内容がどんどんと色々な場所に転載されていく。


 その生徒の書き込みにはこう書かれていた。

 C相当だった能力がA相当にまで伸びた、と。

 その内容が事実かどうかは分からないが、センセーショナルなこの出来事は始まりに過ぎなかった。


 まず変化が大きかったのは繁華街だ。

 普段は夜なら紛れる程度だった未成年者が倍増した。

 どうやら掲示板に書き込みをした生徒が繁華街でスキルブーストを買ったという噂が流れているらしい。


 茶化しにきた生徒が大勢いたが、その中には本気で探す者もあらわれた。

 繁華街で危険なエリアとして設定されている場所にも平気で立ち入り、トラブルを引き起こしている。

 そのため見回りを担当する俺も大忙しだった。

 一人で来るやつは説明すれば帰ってくれることも多かったが複数人で来る連中は性質が悪く、強引に押し退けて入っていった。

 当然揉めに揉める。


 たまに抗争はあるものの、普段は酔っ払いの喧嘩くらいしか争いがないはずの繁華街がまるでスラムのようだ。

 協会にも苦情が山のように寄せられ、人員が一気に増やされた。


「おかげでろくに遊べないんだよね。完全にとばっちりで困る」

「店も閉まっているところが増えたな。スキルブーストを寄こせと言われるのに辟易したのか、トラブルを嫌ってか」


 出会ったリカに誘われて共にファーストフード店で食事をする。

 まともに夜遊びできる環境ではなくなっていた。

 そのためリカはとてもフラストレーションが溜まっているようだ。


「噂ってのが厄介だよね。結局スキルブーストなんて見つかってないし。どうやったら収まるんだろう」

「騒ぎ自体は時間が経てば沈静化すると思う。だっていくら探しても手に入らないんだ。徒労に終わったがそれでも探そうとはしないだろう」

「全く。誰がこんな噂を流したんだろう。何の得があるのかな」

「騒ぎを起こすのが目的とか?」

「騒ぎにはなってるけど、こんなのコントロールしようがないでしょ。あるとすれば……目くらましかな? 何かをするために別の目立つ騒ぎを引き起こしてるとか」

「何かって?」

「何かは何かだよ。分かんないって。能力ってさ、将来の収入に結構直結してるじゃない? お金持ちの家とかだとあんまり気にしないけど、中には目の色を変える子もうちの学校にはいるんだよね」

「まあ気持ちは分かる」


 ある意味将来の収入を可視化するようなものだ。

 それが薬を飲むだけで上がるなら……と考えるのだろう。


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