生き残り6

「そうだったのか……補佐官の嬢ちゃんが……」


 話を聞いた雄一郎は、珠美の方を見て呟いた。


「ああ。……雄一郎、もう自分を責めるな。俺達は、お前に笑っていてほしいんだ」


 優しい笑顔で達彦が言う。


「ありがとう……慶太、達彦、本当にありがとう……」


 雄一郎の目からは、一筋の涙が流れ落ちた。


        ◆ ◆ ◆


「そうか。田辺雄一郎の件は何とかなりそうか」


 閻魔殿の執務室で閻魔が言葉を発した。既に雄一郎は極楽に戻っており、牛頭馬頭も仕事に戻っている。


「はい。心なしか田辺さんの表情も穏やかになった気がします」


 珠美が笑顔で応える。


「……お前を手伝いに行かせて良かったよ。これからも極楽にお前を行かせる事があるかもしれないが、よろしく頼む」

「承知致しました」


 珠美は、穏やかな気持ちで頭を下げた。


       ◆ ◆ ◆


 同じ頃、極楽では薬草園の側にある事務所で、園長が書類の整理をしていた。玄関のインターフォンが鳴り、カメラを確認すると、そこには黒髪を纏めた女性の姿が映っている。


「あ……紅蘭様」


 紅蘭は実質極楽のトップで、超絶忙しい。故に、薬草園を訪ねる事もあまりないのだが、どうしたのだろう。


 応接室のソファに向かい合って座ると、紅蘭は早速切り出した。


「園長、先日薬草園に地獄から手伝いが来ただろう。働きぶりはどうだった?」


 園長は、コーヒーを一口飲んでから穏やかな口調で言った。


「連翹様は相変わらず真面目に作業して下さいました。初めて来た補佐官の珠美様も、飲み込みが良くて助かりました。……珠美様は、ボランティアをしている亡者の心にも寄り添って下さったようで、本当に有難かったです」

「そうか……やはり閻魔の見る目に狂いはなかったか」


 紅蘭が微笑んで言うと、園長は問い掛けた。


「地獄の補佐官の事が気になりますか?」

「ああ。私も以前は閻魔をしていたし、地獄とは交流があるからな。補佐官がどんな人物か興味はあるさ」


「成程。……それで、今日は補佐官様の人柄を知る為だけにこちらへ?」


 園長が首を傾げると、紅蘭はスッと目つきを鋭くして園長を見据えた。


「つい先日閻魔から聞いたんだが……地獄の中に、亡者を不正に極楽に逃がそうとする連中がいるらしい」

「え……」


 園長は、目を見開いた。地獄と極楽の間にある門は、閻魔が信頼する獄卒だけが交代で番をしている。仮に閻魔の信頼を裏切ったら、ただでは済まない。不正に亡者を逃がすなんて、そんな事が可能なのだろうか。


「園長。お前は薬草を届けに地獄に行く事があるだろう。その際、何か異変を感じたら閻魔か私に報告してくれないか」

「……承知致しました。何か気付いた事があれば報告致します」


 紅蘭が帰り、事務所の園長室に戻った園長は、使い慣れた木製の机に向かう。そして、書類にサインしながら呟いた。


「……私もそろそろ動かないと駄目か……」


 机に置いた書類の責任者のサイン欄には、「望月忠行」の名前が記されていた。

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