生き残り5
閻魔殿の側にある庭で休憩している雄一郎に向かって、珠美は真顔で言った。
「……田辺さん、地獄がどういう所か分かったでしょう? それでもまだ、地獄に落ちたいですか?」
「……」
雄一郎は、目を伏せて考えていた、地獄での刑務は辛い。それでもやっぱり、自分は極楽にいてはいけないのではないか……。
「お前も強情な奴だなあ」
不意に聞き慣れた声が聞こえた。雄一郎が振り向くと、牛のお面を被った獄卒が言葉を続ける。
「いいじゃないか。閻魔大王が正式に極楽に行っていいって判断したんだろう? だったら、極楽の生活を楽しめよ」
「お前……まさか……」
雄一郎が呟くと、牛頭がゆっくりとお面を取った。そこに現れたのは、見慣れた顔。
「……慶太……!!」
今度は、馬のお面を被った獄卒が言葉を発する。
「俺達の事なら気にするな。俺達は、自分の意志でお前を助けたんだから」
馬頭もお面を頭にずらす。そこにあったのは、またしても親友の顔。
「達彦……! お前達、獄卒になってたんだな……!」
達彦は、目を伏せて言った。
「ああ。俺と慶太は仕方ない状況だったとはいえ敵兵の命を奪った。本来なら受刑者になるはずだったが、閻魔様の計らいで受刑者ではなく獄卒になったんだ」
自分の命を守る為に人の命を奪った場合は正当防衛が成立するが、親友の命を守る為に人の命を奪った場合は過剰防衛とみなされる。
「俺と達彦が獄卒になったって知ったら、お前が自分を責めるんじゃないかと思って、正体を隠す事にしたんだ。本当はずっとお面を被ったままでいようと思ったけど……」
そう言って、慶太は珠美の方に視線を向けた。
◆ ◆ ◆
昨日、珠美は有給休暇を使って資料室に籠り、雄一郎の記録を調べた。雄一郎の心を解せる者がいないか探す為だ。
雄一郎の妻は、亡くなっているものの現世に転生しており、残念ながら極楽にはいない。雄一郎の子供も健在で現世にいる為、雄一郎と話す事は出来ない。
では、親友はと資料を捲り、珠美は目を見開いた。慶太と達彦が、獄卒として働いているという記録があったのだ。
そして、地獄で獄卒に話を聞いて回った珠美は、現在慶太と達彦が牛頭馬頭と名乗って働いている事を突き止めた。
慶太と達彦に会った珠美は、頭を下げて頼んだ。
「お願いします、正体を明かして田辺さんと話し合って下さい!」
慶太は、困った顔で応える。
「いやー……俺も雄一郎に会いたいけどさ。俺達が本来受刑者になるはずだったって知ったら、雄一郎は自分を責めるんじゃないか?」
達彦も、腕組みをして言う。
「そうだな……正体は隠し続けた方が良いと思う。あいつには、俺達の事を気にせずに穏やかに過ごしてほしい」
珠美は、それでも言葉を紡いだ。
「……田辺さん、『地獄に落ちたい』って言ってたんです」
「え……」
慶太が声を漏らす。
「田辺さん、まだ自分の事を許せていないんです。だから、お二人に田辺さんと話してほしくて……」
慶太と達彦は、顔を見合わせた後、頷き合い、珠美の方に向き直って言った。
「分かった。雄一郎に会いに行こう」
「あいつにビシッと言ってやらないとな」
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