生き残り3
薬草の収穫が一段落した後、珠美はビニールハウスの隅で休憩している雄一郎の方へと近付いていった。
「お疲れ様です、田辺さん」
「俺の名前を聞いたのか。……嬢ちゃんもお疲れ」
珠美は、雄一郎の側にあるパイプ椅子に腰かけて言った。
「いやー、大分収穫が
そして、珠美は少し離れた所で休憩している小雪に視線を向けながら言葉を続けた。
「小雪さんなんて、極楽行きが決定しているのに、長い間地獄で働いてましたからねー。事情があったとはいえ、よく続いたなと思いますよ。地獄で働きたい方って、いるんですねー。……田辺さんも、地獄でやりたい事とか、あったりして……?」
「嬢ちゃん、人に探りを入れるの得意じゃねえだろう」
ずばりと言われてしまった。焦る珠美を見て、雄一郎は溜息を吐く。
「……まあいい。地獄がどうのこうのっていう独り言を聞かれていたのは知っていたし、教えてやるよ。俺はな……極楽にいていい人間じゃねえんだよ」
◆ ◆ ◆
雄一郎は、大工をしている父親の元に生まれ、家族に愛されながら平和な日々を過ごしていた。十八歳の時には、大工として一人前に仕事を任されており、充実した日々に満足していた。
しかし、二十二歳の時、召集令状が雄一郎の元に届く。当時太平洋戦争が行われており、成人男性の元には次々と召集令状が届いていたのだ。
雄一郎は軍の訓練を受けた後、前線へと送られた。同じ部隊の中には、雄一郎の親友である
雄一郎達が送られたのは、東南アジアにある国。雄一郎達は、現地にテントを張って生活していた。
ある夜、テントの中で横になりながら雄一郎は言った。
「……戦争、早く終わらねえかなあ。人を撃つとか、したくねえんだよなあ」
「おい、気持ちは分かるけどそういう事、他の奴の前では言うなよ! 非国民だと思われるぞ!」
寝袋からガバリと起き上がり、慶太が慌てて言う。慶太は、金物屋の息子で普段
「そうだぞ。上官も言っていただろう。命を賭して闘う事が国の為になるんだって」
真顔でそう言うのは達彦。眼鏡を掛けた達彦は、教師の息子で生真面目な性格。教師や軍の上官の言う事を信じて疑わない。
「そうだな。今度から発言には気を付けるよ。でも、どうしても願っちまうんだ。俺達三人が、数十年後も一緒に笑い合う未来が訪れる事をな」
慶太と達彦は、それ以上何も言わなかった。
翌朝、雄一郎は慶太、達彦と一緒にテント周辺の見回りをしていた。静かな朝だ。昨日も何事も無かったし、今日も昨日と同じような一日になるのだと雄一郎は思った。
不意に、近くにある草むらからガサガサと音がした。ハッとしてそちらを見ると、一人の男が姿を現す。
金髪を整えた、身長の高い男性。くすんだ緑色の軍服を着ている。敵兵だ。敵兵は何事か叫びながら銃をこちらに向けていた。何を言っているのか分からなかったが、緊迫した状況である事は嫌でも感じる。
引き金を引かれる前に撃たなければ。雄一郎は、動揺しながらも銃を構え、引き金を引いた。銃声が青空に響く。
気が付くと、敵兵は草むらに倒れていた。敵兵の胸に、じわじわと赤い血が広がるのが見える。殺した。人を、殺してしまった。
「おい、どうした、雄一郎!?」
慶太と達彦が駆けて来る。
「て、敵兵がいて……殺されると思って、引き金を……。どうしよう、人を……殺しちまった……」
雄一郎は、思わず銃をガシャンと地面に落とし、自分の震える両手を見つめた。
「しっかりしろ、雄一郎! 銃を拾え! 一人敵兵がいたって事は他にも……!!」
達彦がそう言った時、再び銃声が響いた。
「え……」
雄一郎と達彦は後ろを振り向いて目を見開いた。地面に、慶太が倒れている。うつ伏せになった慶太の背中には、赤い血が広がっていった。
「慶太!」
「待て、雄一郎!」
慶太の元に駆け寄ろうとする雄一郎を達彦が止める。その時、ダダダダと銃を連射する音がした。
「伏せろおお!!」
達彦は、雄一郎を突き飛ばした。
「うぐっ!」
呻き声を上げて地面に倒れる雄一郎。目を開けると、雄一郎の側に達彦が駆け寄ってくる。
「無事か、雄一郎!?」
「ああ……お前が突き飛ばしてくれたおかげでな……」
「そうか……良かっ……た……」
そう呟くと、達彦はその場に倒れた。
「達彦!!」
達彦の軍服が、赤く染まってゆく。雄一郎を銃撃から守った達彦は、敵兵に撃たれていたのだ。
見ると、少し遠くの草むらに敵兵が数人いる。雄一郎は震える手で銃を構え、敵兵に向けて引き金を引いた。
しかし、銃弾は外れてしまう。敵兵がこちらを撃とうと銃口を向けた。もう駄目かと思った時、銃声が数発空に響き、敵兵が次々と倒れていった。
「え……」
雄一郎が振り向くと、そこには、今にも倒れそうになりながらも銃を構えて立つ慶太がいた。
「慶太!」
「ボサッとするな、雄一郎! 早く逃げろ!」
「お前らを置いて逃げるわけには……!」
「見りゃ分かるだろ! 逃げたとしても俺と達彦は助からない! お前だけでも逃げろ!」
慶太の迫力に、雄一郎は何も言えなくなった。
「……済まない、慶太、達彦」
雄一郎は、唇から血が出るまで唇を噛み締めると、銃を抱え、その場を走り去った。
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