生き残り2
ビニールハウスの側には木造の小屋のような建物があり、珠美達はまずその小屋に顔を出した。
「すみませーん、地獄から応援に参りましたー。連城珠美と連翹ですー!」
珠美が小屋のドアを叩きながら言うと、一人の男性が「はーい」と言いながらドアを開けた。
「お待ちしておりました。本日はお越し頂きありがとうございます」
そう言うのは、二十歳になるかならないかくらいの男性。黒髪を短く切り揃えていて、爽やかな笑顔を湛えている。緑色のシャツに白衣を着ているが、薬草園のスタッフだろうか。
「本日は宜しくお願い致します。あの、具体的な仕事の支持を頂きたいのですが、責任者の方はどちらに……」
珠美が問い掛けると、男性は笑って答えた。
「ああ、責任者は私です。『園長』とお呼び下さい」
「あ、そうでしたか、失礼しました!」
珠美は慌てて頭を下げた。まさか自分より若く見えるこの男性が責任者とは思わなかった。
「では、仕事の詳しい説明をしましょうか。どうぞお入り下さい」
園長に促され、珠美達は小屋の中に足を踏み入れた。
小屋の中にあるリビングで、珠美達は仕事の説明を受けた。収穫に適した薬草の見分け方、採取の方法、採取後の薬草の保管方法など、思ったより覚える事が多い。
「覚える事が多いんですね。園長さんは、いつから薬草園の仕事をなさっているんですか?」
珠美の質問に、園長は視線を宙に
「いつからですかね……数百年前からだとは思うのですが、年数を数えていなかったので……」
「はあ……そんなに昔から……」
やはり亡者は見かけだけでは年齢が分からない。
その後、説明を受け終えた珠美達は、早速薬草を採取すべくビニールハウスへと向かった。
ビニールハウスの中にあるプランターには、緑、紫、
「あ、補佐官様、連翹様、お久しぶりです!」
そう言って笑ったのは、以前等活地獄で働いていた小雪だ。どうやら今は極楽で元気に働いているらしい。
「お久しぶりです、小雪さん。本日はよろしくお願い致します」
珠美が笑顔で言うと、小雪も「よろしくお願い致します」と言って頭を下げた。そして小雪は、連翹の方に視線を移して言った。
「……連翹様も、本日はよろしくお願い致します」
「ああ、よろしく。元気そうで良かった」
連翹が優しい顔で言うのを聞き、小雪は少し顔を赤らめた。
「へえ、この薬草は、消化にいいんですね」
採取した薬草を観察しながら、珠美が呟く。
「はい。極楽で暮らす亡者の中にも胃腸の調子が悪くなる方がいらっしゃいますからね。重宝してます」
微笑みながら小雪が説明する。極楽で暮らす内に、随分と薬草に詳しくなったようだ。
「じゃあ私、この薬草をバケツに入れてきますね」
珠美はそう言って立ち上がった。手に持った笊に入りきらない程薬草を積んだら、ビニールハウスの入り口にある大きなバケツに入れる事になっている。
珠美はバケツの方に向かって歩いていたが、地面にある小石に躓いてしまった。
「あっ!」
珠美は転びそうになったが、珠美の身体は一人の亡者によって支えられた。
「大丈夫か、嬢ちゃん」
珠美の肩を支えてそう言ったのは、五十代くらいの男性。白髪交じりの黒髪を短く刈っている。
「はい、ありがとうございます」
珠美がそう言って体を起こすと、亡者は無表情のままその場を立ち去った。
「あ、あの方は
珠美に近付いた小雪が言う。
小雪の話によると、珠美を支えてくれたのは田辺
「田辺さんは、ここのボランティアの中では少し風変わりな方なんですよ」
「風変わり?」
珠美が首を傾げると、小雪が頷いて応えた。
「はい。ボランティアの方は大抵、他の方と和やかにおしゃべりしながら作業をするんですけど、田辺さんは黙々と作業に没頭なさっています。それだけならそういう性格なのかなと思うんですけど……あの方、ぼそりと呟いていたんです。――地獄に落ちたいって」
地獄に落ちたいとは、どういう事だろう。大抵の人間は地獄より極楽に行きたいものだが。小雪の時のように、地獄で会いたい人でもいるのだろうか。
「……私、作業が終わったらちょっと話を聞いてみます」
珠美は、思わず呟いていた。お節介かもしれないが、せっかく極楽で暮らしているのだから、心安らかでいてほしい。
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