叫喚地獄5
「そうか、よく話してくれた」
話を聞いた閻魔が優しい顔で悟に言った。
「……叫喚地獄の亡者に酒の差し入れをして、獄卒に迷惑を掛けてしまいました。酒を持っていくと庄平さんが喜ぶので……」
悟が目を伏せて呟く。
「今後は酒の差し入れはやめるんだな。酒なんて無くても、庄平はお前と会うのを楽しみにしていると思うぞ」
「はい。極楽を追放されても文句を言えないところ、寛大な処置をありがとうございました」
悟は、閻魔に向かって深々と頭を下げた。
◆ ◆ ◆
それから数日後、珠美は閻魔殿の広間に呼び出された。今広間には、珠美と閻魔と菖蒲の三人しかいない。
「あの、閻魔様。わざわざ呼び出したりして、どういった御用でしょうか」
珠美が聞くと、閻魔は目を伏せがちにして答えた。
「……済まない、珠美。私はお前に黙っていた事がある」
「黙っていた事?」
珠美が首を傾げると、閻魔は菖蒲の方を向いて言った。
「菖蒲、あれを」
「
菖蒲は頷くと、懐からリモコンを取り出し、浄玻璃鏡に向けてスイッチを押した。すると、浄玻璃の鏡にある映像が映し出さる。それを見て、珠美は目を見開いた。そこに映っていたのは、生前勤めていた会社の階段を上る自分の姿だった。
「これは……私が死ぬ直前の映像ですよね」
「ああ。続きを見てみろ」
見ると、珠美が屋上に到着した後、もう一人屋上への階段を上る人影が映っていた。その人物を見て、珠美は呟く。
「大島課長……」
そう。屋上に現れたのは、珠美の上司だった大島恭司だ。大島が珠美に声を掛けようとしたところで、映像は途切れた。
茫然としていると、閻魔が説明した。
「済まない、珠美。浄玻璃鏡は応急処置しか出来ていないから、今はここまでしか見る事が出来ない。しかし、必ずお前の死の真相を突き止めるから」
「これは……大島課長が私を殺したという事でしょうか……」
「肝心の犯行場面が映っていないから何とも言えない。しかし、平坂孝太郎によると、お前は自殺ではなく、何者かに殺害された可能性が高いとの事だ」
珠美が亡くなった事は新聞やテレビ等で報道され、他殺の可能性が高いという事も報道されている。珠美が倒れていた地面の位置から、自分で飛び降りたのではないと判断されたようだ。
「平坂孝太郎は、お前が亡くなった日の夜、お前と別れてから自動販売機でコーヒーを買ったそうだ。そして帰ろうとした時、大島恭司が屋上に続く階段の方に歩いていくのを見たと言っていた」
珠美の死を知った後、孝太郎は大島を疑ったが、大島が珠美の命を奪った証拠はない。孝太郎は、誰にも言えずに悶々としていたようだ。
話を聞き終えた珠美に閻魔が語り掛ける。
「……珠美。百パーセントではないとはいえ、お前が何者かに殺害された可能性は高い。極楽行きが決定するまで、もう少し待ってくれ」
珠美は、落ち着いた様子で頷くと、閻魔の方をしっかりと見て言った。
「はい。審理に時間を割いて頂き、ありがとうございます」
珠美は、広間を後にして廊下を歩きながら考えた。自分が殺害されたとして、動機は何だろう。人に恨まれるような事をした覚えはないが。
まあ、考えても仕方がない。今は自分に与えられた仕事をきっちりやり遂げよう。そう思いながら、珠美は寮へと帰っていった。
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