叫喚地獄3
いつの間にか、朝霧が悟達の方に歩み寄っていた。
「そこの三人、酒盛りはおしまいですよ! ほらほら、二人は刑務に戻って!」
朝霧に追い立てられ、二人の受刑者はそれぞれ持ち場に戻っていく。
「ツナギのお兄さん、悟さんといったかしら。何度も言うようですけど、ここの受刑者への酒の差し入れはお控え下さい」
「はい、申し訳ございません……」
悟は、朝霧に注意され、苦笑しながら謝った。
その笑顔に、珠美は見覚えがあった。衆合地獄にいる新藤仁左衛門と同じ笑顔だ。強い思いがあるのにそれを隠すような作り物の笑顔。
「あれ? 珠美さんもこちらにいらしたんですか?」
悟が珠美を見つけて驚いたように言う。珠美は、間を置いた後、はっきりと言った。
「はい。どうして浅間さんがここの亡者にお酒を差し入れるのか、その理由をお聞かせ下さい」
悟は、困ったような顔で言った。
「どうしてと言われても、酒盛りが楽しいからとしか言いようがありませんね」
「そうですか……」
どうやら、素直には話してくれなさそうだ。珠美は、一旦引き下がる事にした。
◆ ◆ ◆
「そうか、浅間悟は叫喚地獄に寄っていたのか……」
閻魔殿の広間で、閻魔は机に肘を突いて呟いた。
「はい。でも、まだ彼が酒を持ち込んでいた理由については分かりません。引き続き調べてみます」
「よろしく頼む」
閻魔は珠美にそう言うと、書類を真剣に読み始めた。
◆ ◆ ◆
そして翌日。珠美は再び叫喚地獄を訪れていた。刑場を覗くと、早速昨日悟と酒を酌み交わしていた二人を見つける。
昨日悟に庄平さんと呼ばれていた亡者は、刑場の掃除をしていた。しかし、刑場にいた小さなウジ虫のような生き物が庄平の身体に次々と纏わりつき、庄平の身体を食べているようだ。何ともグロテスクである。
珠美が思わず目を逸らせると、今度は坊主頭の老人が目に入った。彼は刑場にある大鍋を使って料理をしているようだが、彼の足元には赤い鉄板が敷かれている。鉄板はとても熱そうで、老人は笑顔を作りながらも苦しそうだ。
これでも、以前より刑が軽くなったのだと後から聞いた。
「ん? 昨日も来ていた補佐官様の嬢ちゃんじゃないか。どうした?」
珠美に気付いた庄平が声を掛ける。
「あの……あなたとそこのご老人に、浅間悟さんの話をお聞きしたくて……」
すると、庄平は笑顔で言った。
「ああ、良いよ。そろそろ休憩時間だし、
珠美達三人は、刑場の地面に茣蓙を敷いて座った。まずは、庄平が自分と老人について紹介してくれる。
「俺は庄平。苗字は無い。俺は現世で言う江戸時代末期を生きた盗賊でな。強盗殺人やら暴力やらあらゆる悪さをして地獄に落ちた。……まあ、今となっちゃ後悔してもしきれないがな」
目を伏せてそう言った後、庄平は隣に座る老人についても紹介してくれた。
老人の名は、
彼も色々と悪さをして地獄に落ちたようだが、詳細は分からない。彼は生前から認知症を患っており、地獄ではあまりしゃべらないようだ。
「それで、悟の話だったな。あいつと初めて会ったのは二か月くらい前だったかな。あいつは、たまたま叫喚地獄にある機械のメンテナンスをしに来てたんだ。それで、どういう訳か俺と武利さんに懐いて、酒を持ってきてくれるようになったんだ」
「そうだったんですか……」
「ああ。俺は悟に言ったんだぜ?『酒を持ってくると悟が怒られるだろう。もう持ってこなくていいぞ』って。でも、悟は酒を差し入れし続けてくれてるんだよ」
「はあ……」
どうやら、庄平からは大した情報を得られなさそうだ。珠美がチラリと武利を見ると、彼は地面に落ちていた小石を拾って、おはじきのようにして遊んでいた。
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