叫喚地獄2

 その二日後、再び悟が閻魔殿を訪れた。応急処置として、錆びた部品の代用品を持ってきたのだ。


「これで、今までより少しは映りが良くなるはずです。でも、根本的な解決にはなりませんので、新しい部品が届くまでもうしばらくお待ち下さい」

「承知した。いつも済まないな」


 閻魔が礼を言うと、悟はぺこりと会釈をして帰っていった。その後姿を見て、閻魔と珠美はアイコンタクトをする。そして珠美は、こっそり悟の尾行を開始した。



 しばらく悟の後を付いて歩き、珠美は疑問を抱いた。確かこの方角は、極楽への入り口とは逆方向だ。何故悟はこちらの方に歩いているのだろう。


 悟はどんどん歩いていき、とうとう叫喚地獄の中に入っていった。極楽で暮らす者が叫喚地獄になんの用だろう。

 珠美がそっと刑場を覗くと、明るい声が聞こえてきた。


「お、悟、また来てくれたのか!」

「はい。庄平しょうへいさんと話すのは楽しいですからね」


 見ると、三人の男性が刑場に茣蓙を敷いて座り込んでいる。

 一人は悟。悟の話し相手をしている庄平という男は、四十代くらいの男性。髪を無造作に一つに縛っており、白い死に装束を着ている。そしてもう一人、坊主頭の老人がニコニコしながら無言で悟達を見つめている。


 よく見ると、悟達三人は、それぞれ徳利を持っている。まさか、悟がふらついていたのは酒に酔っていたからなのか。


 さて、あの楽しそうな雰囲気の中に割って入っていいのだろうか。珠美が考えていると、珠美の後ろからスッと人影が現れた。


「あら、補佐官様。どうなさいました?」


 振り向くと、そこには見知った顔があった。珠美は思わず呟く。


「あ……朝霧さん……!!」


 朝霧は、以前衆合地獄で働いていた獄卒。最近は会えていなかったが、叫喚地獄に異動になってからも有能さを発揮しているようだ。


「お久しぶりです、お元気でしたか? 朝霧さん」

「ええ、補佐官様もお元気そうで何よりです。……それで、補佐官様は一体何を……」


 そう言って珠美の視線の先にあったものを見た朝霧は、とたんに険しい顔になった。


「あの二人……またお酒飲んで!」


 あの二人とは、悟以外の二人の男性の事だ。


「あれ? そう言えば叫喚地獄の受刑者がお酒を持ってるっておかしいですよね……」


 珠美は首を傾げた。

 叫喚地獄はお酒に関係する罪等を犯した者が墜ちる地獄。よって、叫喚地獄の受刑者は飲酒は元より、酒類の持ち込みを固く禁じられているはずなのだ。


「ああ。それはね、最近あのツナギのお兄さんが、極楽からお酒を持ち込んであの二人にご馳走してるからですよ。私から、酒の持ち込みは遠慮するよう言っているんですけど、やめてくれなくて……」

「そうだったんですか……」


 悟が、人の注意を聞かないような自分勝手な人間だとは思えない。どうしてお酒を持ち込むんだろう。

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