叫喚地獄1
お盆が終わってから数日が経った。珠美は、活気づいた閻魔殿の広間で、いつものように補佐官として仕事をしている。
「閻魔様、今日の審理はこれで終わりですか?」
「ああ、今日は浄玻璃鏡のメンテナンスがあるからな」
浄玻璃鏡。亡者の生きざまを映す鏡。珠美は、ふと聞いてみた。
「そう言えば、私が死んだ経緯って、まだ分からないんでしょうか。鏡の調子は少しずつ良くなっていると伺いましたが……」
書類を捲っていた閻魔の手がピタリと止まる。何か迷いを抱えているような表情をした後、閻魔はしっかりと言った。
「……まだ分からない。でも、きっとお前の死の真相は明らかにしてみせるから」
「……はあ……」
閻魔の表情の意味が分からないまま、珠美は頷いた。
それからしばらくして、広間に一人の亡者が現れた。灰色のツナギを着たその男性は、二十代後半の人間のように見える。
「何度も呼び出して済まないな、
閻魔が申し訳なさそうに言った。
「いえ。極楽ではのんびりさせてもらって、暇なくらいですから。何かあればお手伝いさせて下さい」
亡者――浅間悟が、ニッコリと笑って言う。
話を聞くところによると、悟は二十五歳で亡くなったエンジニア。死因は交通事故。悟は特に罪も犯していない為極楽で暮らしているが、エンジニアとしての腕を買われ、浄玻璃鏡の修理を請け負っている。
「鏡が正常に映る時間は段々長くなっているんだがな。やはりたまに映像が乱れる事がある」
閻魔が説明すると、悟は鏡の裏に回って鏡の枠を弄り始めた。
「あー。部品が一つ錆びてますねー。これは、極楽にある道具屋でも手に入れるのが大変だなあ。しばらくはこのままの状態が続くと思って下さい」
「そうか……」
閻魔が目を伏せて呟くと、悟は笑顔で言った。
「まあ、何とかなりますよ。いざとなったら
倶生神。それは、人が生まれると同時に生まれ、その人間の行為を記録する神。基本的に二体で一対になっており、側にいる人間の一生を記録する。
昔は閻魔の審理の際、倶生神が閻魔に亡者の行いを全て報告していたようだが、今は地獄でも働き方改革が行われている。
現在俱生神は、側にいる人間の一生の内、一部についてしか記録をしていない。そういうわけで、亡者の審理は現在浄玻璃鏡に頼り切っている。
「……俱生神の記録は参考程度にしかならないからな。結局浄玻璃鏡を使う事になる。二度手間だから、できれば、浄玻璃鏡だけで審理を終えたいな」
閻魔が、苦笑しながら言った。
「ああ、そう言われればそうですね。……じゃあ、僕はそろそろ極楽に戻ります。鏡の部品も取り寄せないといけないですし」
「ああ、宜しく頼む」
悟は広間を後にしようとしたが、広間の出入り口に差し掛かった辺りでふらついた。
「あっ……と……」
「大丈夫か? 浅間悟」
閻魔が眉根を寄せながら聞くと、悟は困ったように笑った。
「はい、大丈夫です。極楽ではあまり運動をしていなかったので、体が鈍ってしまったのかもしれませんね」
そして、悟は何事も無かったかのように広間を後にした。
「……気になるな」
悟がいなくなった広間で、ぽつりと閻魔が呟いた。
「何が気になるんですか? 閻魔様」
珠美が首を傾げると、閻魔は机に肘を突いて言った。
「最近、浅間悟はここに来る度にふらついているんだ。現世の時間に換算して二か月くらい前までは、そんな事なかったんだがな」
「ここに来る度に……ですか……」
何度もふらつくとなると気になる。珠美が考え込んでいると、菖蒲が二人の側までやって来た。
「亡者に与えられる仮の肉体は、生前の傷や病を一部引き継ぐ事はありますが、基本的に病気に罹ったり致しません。浅間様がふらつくとしたら、地獄にいる者に危害を加えられるか、仮の肉体に合わない飲食物を摂取するかくらいしか考えられませんね」
「そうだよなあ……」
閻魔は考え込んだ後、珠美の方に視線を向け、ニンマリと笑った。
「まさか……」
珠美が呟くと、閻魔は頷いて言った。
「ああ。珠美、浅間悟がふらつく理由を探ってくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます