謝罪4

「……正直、関口さんの事を許せるかどうか分かりません。でも、関口さんが本気で後悔している事は伝わってきました。なので、もう謝罪はしないで下さい。……それに、関口さん、以前僕を飲みに誘って下さいましたよね。居酒屋で、慣れない様子で『さ、最近どうだ、山之内』って言ったりして……。あの時の様子を思い出すと、僕、あなたの事を憎みきれなくて……」

「山之内……」


 関口と良介の会話が途切れたのを見計らって、閻魔が二人に話し掛ける。


「二人共、話し中済まない。そろそろ関口透には地獄に戻ってもらわないといけない。それに、山之内良介も極楽に戻る時間だろう」


 閻魔の顔を知っている二人は、慌てて頭を下げる。


「閻魔様、申し訳ございません。すぐに地獄に戻ります!……私が現世に留まりたかったのは、山之内に謝りたかったからなので……」

「僕も、残された家族に会えたので、極楽に戻ります」


 そんな関口と良介を見た閻魔は、頷きながら言った。


「じゃあ、二人共一緒に来てもらおうか。盆踊りの会場で他の獄卒と合流してから、山之内良介は極楽に送り届ける事にしよう」


 そして、閻魔は懐からスマートフォンらしき物を取り出すと、画面をタップした後通話を始めた。


「あ、菖蒲か? 関口透と、もう一人極楽在住の亡者を発見した。獄卒を二人よこしてくれ。もちろん馬も二頭必要だ」


 そう言って閻魔が通話を終えると、関口と良介はポカンとした顔で閻魔を見つめた。審理の時に閻魔に会っているとはいえ、まさか閻魔がスマートフォンまで使っているとは思わなかったのだろう。


 閻魔は、くるりと関口達の方を振り向くと、笑みを浮かべて言った。


「そうそう、山之内良介。どうして私達がここに来たか分かるか?」

「え?」


 良介が戸惑っていると、閻魔は優しい笑顔のまま言葉を続けた。


「関口透はな、お前が亡くなってからほぼ毎日、お前の両親に謝罪したりお前の墓参りをしたりして、償いをしようとしていたらしい。だから今も、関口透がお前に謝罪をしにお前の実家に来るかもしれないと思ったんだ」

「そうだったんですか……」


 良介は、穏やかな表情で関口を見つめた。


 そうこうしている内に、獄卒達が馬に乗ってやって来た。関口と良介は、それぞれ馬に乗り、盆踊りの会場に向かう。



 珠美を含め、全員が盆踊りの会場に着くと、なにやら辺りが騒がしい。


「よう、兄ちゃん。もっと飲めよ」

「いや、僕はお酒に弱くて……」


 亡者達に絡まれながら、孝太郎がビールを飲んでいた。苦笑しながら亡者の誘いをやんわりと断っている。


「いいじゃねえか。俺たち亡者は、生者と話す機会なんて滅多にないんだ。一緒に飲もうぜ」


 そんな亡者の後ろにスッと立った菖蒲が、亡者の頭をゴツンと殴る。


「こら、いつの間に拘束を解いたんだ。来年から、現世に酒を持ち込むのを禁止にするぞ!」

「嫌だああああ!」


 亡者が菖蒲に引き摺られて行くのを見た後、孝太郎はふと珠美の方に目を向けた。


「あ、連城さん、戻ったんだね」

「うん、無事関口さんを見つけたよ。平坂君も、亡者に話を聞いてくれてたんでしょう? ありがとう」

「いや、いいんだ。僕が連城さんの役に立ちたかっただけだから」


 その言葉を聞いて、珠美は目を伏せながら言った。


「あの……平坂君、私、亡くなる日の夜、平坂君に怒鳴っちゃったでしょう? ごめんなさい……平坂君は私を手伝おうとしてくれてたのに……」

「謝らなくていいよ。連城さんはあの頃大変だったし。……連城さん、僕、連城さんの事……」


 言いかけた孝太郎だが、一瞬考えるような表情をした後、穏やかな表情で首を振った。


「……いや、何でもない」


「おい、牛が来たぞ!」


 獄卒の一人が叫んだ。珠美達が夜空を見上げると、牛車が何台もこちらに向かってきていた。

 それを見た他の獄卒達が馬の手綱を引っ張り合図する。すると、馬は次々と空高く上り、地獄へと帰っていった。


「はあー、『行きは馬で、帰りは牛で』っておっしゃってましたけど、本当だったんですね」


 珠美が感心したように言うと、閻魔が頷いて言った。


「ああ。地獄に帰る時はゆっくりとという配慮らしい。じゃあ、そろそろ地獄に帰るか」

「あ、待って下さい!」


 珠美が慌てて止める。


「どうした? 珠美」


 閻魔が聞くと、珠美は夜空を見上げて言った。


「そろそろ始まる頃なんですけど……」


 その時、ヒューという音が響き、次の瞬間には、夜空がオレンジ色の光に照らされていた。打ち上げ花火だ。


「ほう……美しいな」


 閻魔が、空を見上げて微笑む。


「そうでしょう。昔から私、ここから見る花火が好きなんです。……あの、閻魔様。亡者さん達にも、もう少しこの花火を見せてあげてもらえませんか? せっかく年に一度の里帰りなんです。思い切り楽しみたいじゃないですか」


 そう言って、珠美は笑った。そんな珠美の顔を、今度は赤紫色の花火が照らす。

 閻魔は目を瞠った。やけに珠美が綺麗に見える。眩しい。


「どうかなさいました? 閻魔様」

「……いや、何でもない。……そうだな。もう少し花火を見てから戻るか」


 閻魔は、そう言って花火の方に視線を向けた。


 パン!ドドン!


 次々と花火が夜空に上がる。ピンク、緑、青と、様々な色の花火が夜空を彩った。亡者が掛け声をかける。笑顔で花火を見つめている。その姿を見て、珠美は満面の笑みを浮かべた。



 一方、孝太郎は、そっとその場を離れようとしていた。それに気づいた閻魔が声を掛ける。


「もう帰るのか? 平坂孝太郎」


 孝太郎は、振り返ると寂しそうな笑顔で言った。


「はい。これ以上連城さんといたら、別れがたくなりそうなので……」


 閻魔は、孝太郎が離れているのに気づいていない珠美をチラリと見て言った。


「……平坂孝太郎、お前、珠美の事を……」


 孝太郎は、ゆっくりと頷いた。


「はい、好きでした。……でも、今更僕にそんな事を言われても連城さんは困るだろうし……僕には、彼女に告白する資格なんて無いんです」


 孝太郎は、一呼吸置いてから言葉を続けた。


「……連城さんの命を奪った犯人を目撃したかもしれないのに、黙っているんですから」

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