里帰り3

「お、ここだな」


 しばらく走った後、閻魔がある一軒家の前で口を開く。


「ここが関口さんのご自宅なんですね……」


 珠美は、その家を見下ろしながら言った。


 閑静な住宅街にある関口の自宅は、灰色っぽい屋根に白い壁という、特に目立つ所のない建物だった。

 書物によると、関口が亡くなった現在もここに住んでいるのは、関口の妻である真理子まりこ、娘の理香りか、理香の夫の孝史たかし、理香と孝史の子である香奈かなの四人との事。


「関口さん……関口透さんの姿は、今の所見当たりませんね……」


 珠美がキョロキョロ辺りを見ながらそう言うと、閻魔も家の周辺を見渡して呟いた。


「……気が引けるが、一応家の中も覗いてみるか」


 閻魔と珠美は馬から降り、窓から家の中を覗き込んだ。この世のものではない二人は、人間に見られる可能性は低い。

 リビングらしき部屋には、五十代くらいの女性一人だけがいた。緩いウェーブのかかった短い黒髪をヘアピンで纏めている。彼女が関口の妻の真理子だろう。


 真理子は、部屋の隅にある仏壇に向かって手を合わせていた。仏壇には、関口透の遺影やキュウリ、ナスの飾りが置いてある。


「お母さん、まだ手を合わせてたの?」


 リビングに入ってきた二十代くらいの女性が、真理子に声を掛ける。「お母さん」という言葉からすると、この若い女性が真理子の娘の理香か。理香は、赤ちゃんを抱っこしながら仏壇に近付き、真理子の隣に正座した。


「……ええ。あの人は不器用だからね。迷ってしまって、この家に帰ってこれないかもしれないでしょう? あの世からこちらにちゃんと帰ってこられるように、お祈りしていたの」


 あの人と言うのは、関口透の事だ。


「……なんでお母さんはそんなにお父さんに優しいの? お父さん、会社でパワハラしてたみたいじゃん。……しかも、お父さんにパワハラされた部下の人、自殺したって……」


 理香は、拳をギュッと握って声を絞り出す。父親が人を自殺に追いやったと知って、この人はどんな思いで過ごしてきたんだろう。


 真理子は、目を伏せながら言った。


「確かに、あの人のやった事は許される事じゃない。もしかしたら、今頃地獄にいるかもしれない……でも、年に一度や二度現世に戻るくらい、させてあげてもいいんじゃないかと思うの」

「お母さん……」


  理香は、それ以上何も言わなかった。


       ◆ ◆ ◆


「家の中にもいませんでしたね……関口透さん」


 関口の自宅を離れた珠美は、ポツリと呟いた。


「ああ。もしかしたら……もう家には寄ったけど、他にしたい事があって逃げているのかもしれないな」

「他にしたい事……」


 珠美は考えた。家族に会う以外で関口がしたい事は何だろうか? 友達に会う? 関口の記録を見る限り、地獄の規則を破ってまで会いたい親友がいるとは思えない。会社の同僚や上司に会う?……なんとなくしっくりこない。

 関口はバリバリの仕事人間で、趣味も無さそう。


「……取り敢えず、盆踊りの会場に戻って菖蒲達と相談してみるか」

「そうですね」


 そう言って珠美と閻魔が馬に乗ろうとした時、不意に後ろから声が聞こえた。


「連城さん!!」


 珠美は、目を見開いてその場に固まった。聞き覚えのある声。この声は……。


「……やっぱり、連城さんだ……」


 ゆっくりと珠美が振り向くと、そこには二十代くらいの男性がいた。ワイシャツの袖をまくったスーツ姿のその男性は、茫然とした表情で珠美を見つめていた。


「……珠美、知り合いか?」


 閻魔に聞かれ、珠美は声を絞り出した。


「はい……彼は平坂孝太郎ひらさかこうたろうさんといって……私の生前の同僚です……」

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