里帰り2

 しばらくすると、ビルの灯りが見えなくなり、代わりに規則正しく並ぶ提灯の灯りが見えてきた。盆踊りの会場に到着したのだ。


「あ、ここは……」


 珠美は、思わず呟いた。ここは、珠美が小さい頃毎年参加していた盆踊りの会場だった。


「ああ、そう言えば、お前はこの辺りの出身だったか……」


 閻魔は、そう言って会場を見下ろした。


 珠美は、提灯の灯りや露店で焼きそばを買う人々の姿をぼんやりと見つめた。

 懐かしい。こういう景色を見るのはいつ以来だろう。就職してからは、仕事に忙殺され、休日出勤も珍しくなく、盆踊りに参加する事なんて無かった。

 一体いつから、自分はこういう風景を忘れてしまっていたんだろう。


 珠美が物思いに耽っていると、不意に声が聞こえた。


「あっ、閻魔だ!」

「嫌だ、まだ地獄に帰りたくない!」


 よく見ると、白い着物を着た亡者がそこかしこにいる。


 亡者達は、集まってコソコソと相談したかと思うと、頷き合い……一斉に逃げ出した。


「逃げろー!!」


 亡者達の声が夜空に響く。それを聞いた菖蒲は、スウっと息を吸うと、地獄まで届きそうな声で叫んだ。


「上等だこの亡者共! 一人残らず捕まえてより重い刑に処してやる!!」


 菖蒲には刑罰を決める権利など無いはずなのだが、そんな事お構いなしに、菖蒲は馬に乗ったまま走り出した。そして、あっという間に亡者に追いつく。


「うらあああっ!!」


 菖蒲は叫ぶと、亡者の一人が着ている着物の襟を掴み、亡者をブンと放り投げた。そして、獄卒の一人がその亡者を見事キャッチする。


「さすがです、菖蒲様」


 獄卒が親指を立てて菖蒲を褒め称える。菖蒲は、顔色一つ変えずに馬を走らせ続け、次々と亡者をブン投げ……獄卒に引き渡していった。

 他の獄卒も地道に亡者を捕まえていき、盆踊りの会場にいたほとんど亡者が縄で拘束された。


「……私、菖蒲様がこんなに身体を動かすのが得意な方とは知りませんでした」

「ああ、珠美にはまだ言っていなかったか。菖蒲は生前盗賊だったんだがな、馬の扱いとか武術の腕に長けていたんだ」

「そうだったんですか……」


 珠美が感心したように言うと、閻魔はパンと手を叩いて言った。


「それじゃあ、亡者が揃っているか確認してから地獄に帰るか」


       ◆ ◆ ◆


 それから珠美達は馬を降り、亡者が揃っているか確認していたが、獄卒の一人が慌てて閻魔の元に駆け寄ってきた。


「閻魔様、大変です!里帰りをした亡者の内、一人の行方が分かりません!」

「何?……また面倒な……」


 閻魔は、苦い顔で呟いた。広い現世で亡者一人を探すのは、中々大変な作業のようだ。


「その亡者の記録がある書類をすぐに持ってきましょう」


 菖蒲はそう言うと、馬に乗って風のように去って行った。そして、本当に地獄に戻っていたのかと疑うくらいの早さで現世に戻ってくると、一冊の書物を閻魔に渡した。


「この中に逃げた亡者の記録がございます」


 閻魔は菖蒲から書物を受け取ると、真剣な目で書類を読み始めた。


 書物によると、逃げた亡者は関口透せきぐちとおる。享年五十歳。広告代理店でそれなりの肩書を持っていたが、今から二か月前、心筋梗塞により死亡。

 関口には殺人のような罪はないが、会社で所謂パワハラをしていた為、短期間の刑に服する事となった。刑期が終わった後は転生する予定だ。


「……うーん、関口透は今どこにいるんだ……? 取り敢えず、関口の家族の元に行ってみよう」


 そう言うと、閻魔は書物をパラパラと捲り、関口の家族構成や住所を確認した。


「よし、珠美、一緒に来てくれ。菖蒲はここに残って亡者の見張りを」

「承知致しました」


 菖蒲の返事を聞くと、閻魔は再び珠美を馬に乗せ、その場を後にした。


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