優しい獄卒3
しばらくして、珠美と小雪は医務室にある椅子に座っていた。現世の小学校の保健室のような小さな医務室。部屋の隅にあるベッドには連翹が横たわっている。まだ彼は目を覚ましておらず、医務室には今連翹を入れて三人しかいない。
小雪は、ポツリと言った。
「……嬉しかったんです」
「え?」
「私が死んで閻魔様の審理を待っている間、私は通りすがりの他の亡者からジロジロ見られていました。当然です。生前の火傷の痕が死後の肉体にも受け継がれていたんですから」
しかし、当時そこにいた案内係の連翹が、小雪を別室に連れて行き、火傷の痕が目立たないよう化粧をしてくれたのだと言う。
「連翹様は、笑って言って下さいました。『あなたは元から綺麗だけど、化粧をしても素敵ですね』と。その笑顔を見て、私はすっかり連翹様に惚れ込んでしまって……。審理の終盤に、思わず言ってしまいました。『私を地獄で働かせて下さい』と」
「そうだったんですか……」
連翹とずっと一緒にいたくて、小雪は慣れない獄卒の仕事も頑張ってきたのだ。
珠美は今日、小雪の想いを確かめた上で極楽に行くよう説得するつもりだったが、意外な形で小雪の想いが明らかになった。
「あ……れ……ここは……?」
ベッドの方から声が聞こえた。見ると、連翹が目を開けている。
「連翹様!」
小雪がベッドに駆け寄る。
「小雪、珠美様……そうか、俺、刺されて……」
連翹は、部屋の天井を見上げながら呟いた。
「あの、連翹様。目を覚ましたばかりで申し訳ございませんが、事の子細を伺っても宜しいでしょうか。何故、亡者に刺されるような事になったのですか?」
珠美が訪ねると、連翹は言いにくそうにしながらも口を開いた。
「……刑場を視察してたら、たまたま亡者達が話しているのが聞こえたんです。……彼らは、『小雪と言う獄卒は亡者に強く出られないようだ。彼女を人質にして、刑の軽減をしてもらえるよう閻魔に頼もう』と……」
それで、小雪が危ないと思った連翹は、亡者達を問い詰め、その中の一人に刺されたというわけだ。
「今から思えば、その場で問い詰めずに、閻魔様に報告すれば良かったのでしょうが、焦ってしまって……ご迷惑をお掛けして、申し訳ございません」
連翹は、しゅんとした表情で珠美に謝った。
「……私の為に……亡者を問い詰めたんですね……」
小雪はそう呟くと、ぼろぼろと涙を零した。
「ごめんなさい、私が意地を張って極楽行きを拒否していたから……本当に、ごめんなさい……」
連翹は、優しい顔で小雪の頭をポンと叩いて言った。
「お前が謝る事じゃない。俺が刺されるなんて、お前には分からなかった事だ」
「……ありがとう……ございます……」
小雪は震える声でそう言うと、着物の袖で涙を拭った。
「あの、小雪さん。亡者に狙われたからというわけではないんですけど、やっぱり極楽に行きませんか? 生前の小雪さんのご家族も、小雪さんが極楽に行くことを望んでいらっしゃると思うんです。それに、事情があるとはいえ、小雪さんに無理して仕事をしてほしくないですし……」
珠美が言うと、小雪は頷いて言った。
「……そうですね。私、極楽に行きます。せっかく拷問道具を用意して下さったのに、申し訳ございません、珠美様」
「いえ……小雪さん、極楽に行ったら、穏やかな日々を過ごして下さい」
「はい!」
そう言って、小雪は笑った。
◆ ◆ ◆
それから数日後、珠美は閻魔の執務室にいた。書類の整理を手伝いながら珠美は呟く。
「……小雪さん、極楽で元気にしてますかね……」
「元気にというのも変な言い方だが、穏やかに暮らしているだろうよ」
閻魔が、机に乗っている書類から目を離さずに言った。
「結局、小雪さんと連翹様の関係はどうなるんでしょう?」
小雪は野次馬の居る前で連翹様に愛の告白をした事になるので、小雪の気持ちは地獄にいる人間の多くが知っている。
「さあな。でも、連翹は最近、極楽への届け物がある時は自分が行くと名乗り出ているそうだからな。小雪に会いたいと思っているのかもしれない」
「そうですか……」
珠美は、小雪達の幸せを願いながら目を細めた。
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