優しい獄卒2

「おはようございまーす」


 翌朝、珠美が等活地獄の詰め所に顔を出すと、小雪は一人化粧をしていた。


「あ……補佐官の珠美様……」


 小雪は、戸惑った顔で振り向く。その顔を見て、珠美は目を見開いた。小雪の左目周辺には、広い範囲で火傷の痕があったのだ。


「あ……驚きますよね。私、六歳の時に事故で左目の辺りに火傷を負ってしまったんです。亡者となって仮の肉体を与えられても、火傷の痕が引き継がれたみたいで……」

「そうだったんですか……」


 火傷の痕が顔にあるとなると、色々と悩みもあった事だろう。


「それにしても、お化粧がお上手ですね。昨日は全く火傷の痕に気付きませんでした」


 珠美が笑顔で言うと、小雪も笑顔で応えた。


「実は、化粧の仕方は連翹様に教わったんです。あの方、生前は役者さんの化粧を担当していたらしくて……」

「へえ……」


 人間、意外な特技があるものだ。



「ところで、珠美様はどういった御用でこちらに?」


 小雪に聞かれた珠美は、前もって用意していた木箱をテーブルの上に置いた。


「本日は、こちらをお持ちしました」

「これは?」


 小雪に聞かれた珠美は、箱を開けながら答えた。


「これは、新しい拷問道具です。ブーメランのように勝手に亡者を追いかける鎌。亡者の身体も溶かす猛毒を持った植物の蔓。これらを使えば、あなたを甘く見る者が減っていくはずです」

「……ありがとうございます……こんな不甲斐ない私でも見捨てないで頂いて、本当にありがたいです……」


 小雪は、微笑んで礼を言った。


         ◆ ◆ ◆


 閻魔殿に戻った珠美は、閻魔の執務室に顔を出した。


「それで、西内小雪について何かわかったか?」


 閻魔に聞かれた珠美は、頷きながら答えた。


「はい。確信と言う程ではありませんが、小雪さんが極楽行きを拒否する理由に思い当たる事がございます。……でも、根本的な問題を解決できたかというと……小雪さんが亡者に甘く見られないように対策はしましたが……」


 珠美の言葉を聞いた閻魔は、微笑んで言った。


「そうか……まあ、もう少し考えてみろ。その上で、私に出来る事があったら手伝ってやる」

「はい、ありがとうございます」


 今回の調査は半分押し付けられたようなものなのに、何故か礼を言いながら、珠美は執務室を後にした。そして、考えた。やはり、極楽に行ける者が極楽に行かないのは良くないのではないかと。


         ◆ ◆ ◆


 翌日、珠美は再び等活地獄の詰め所を訪れていた。


「あれ? 珠美様、本日もいらしたんですか?」

「はい。……あの、小雪さん、実は……」


 珠美が言いかけた時、なにやら外が騒がしくなった。


「なんだろう?」


 珠美と小雪が外に出て刑場まで走ると、地面に一人の獄卒が横たわっており、その周りを数人の亡者が取り囲んでいるのが見えた。皆一様に心配そうな表情をしている。


「あの、私補佐官です。何があったんですか?」


 珠美が野次馬の一人に聞くと、その亡者は眉尻を下げながら言った。


「実は……この獄卒が亡者と言い争いになって、拷問道具で刺されたんだよ。今、他の獄卒が閻魔殿に報告しに行っている。刺した亡者ももう捕まえてある」


 見ると、野次馬達の側に、縄で縛られた男性がいる。彼が獄卒を刺した亡者なのだろう。倒れた獄卒の方を見た小雪が、目を見開いて声を上げる。


「連翹様!!」


 珠美も視線を獄卒の方に向けると、確かにそこには連翹が横たわっていた。腹部から血が流れ出している。


「皆さん、どいて下さい!」


 小雪が、慌てて連翹の元に駆け寄る。そして、気を失っている連翹を抱き抱えて声を掛ける。


「ああ、こんなに血が……。お願い、消えてしまわないで! あなたにはまだ教えて頂きたい事が沢山あるんです。あなたの事を……愛しているんです!」


 小雪の目からは、ぼろぼろと涙が零れていた。


「小雪さん……」


 珠美は、苦しげな表情で小雪を見つめていた。

 やはり、小雪は連翹の事を愛していた。連翹に化粧を教えてもらったと言っていた時の小雪の嬉しそうな表情を見て、そうではないかと思っていたが……。



「どきなさい、怪我人はどこですか!?」


 菖蒲が駆け付けてきた。獄卒から報告を受けたのだろう。


「菖蒲様、こちらです! 連翹様が……!!」


 珠美が呼びかけると、菖蒲がすぐ連翹の側に屈み、持っていた木箱から粉薬を取り出した。


「この薬は、亡者や鬼の肉体の回復を早める働きがあります。これを飲ませれば助かるでしょう」


 菖蒲はそう言うと、連翹の顎を上げ、薬を飲ませた。


「後は、閻魔殿にある医務室で休ませればなんとかなるでしょう。連翹は私が連れて行きます。……小雪、あなたも付き添いますか?」


 心配そうに連翹を見つめる小雪に気付いたのだろう。菖蒲が小雪に問い掛けると、小雪は真っ直ぐと菖蒲を見つめて言った。


「はい、付き添わせて下さい」

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