優しい獄卒1

 閻魔が完全復活してからしばらく経ったある日。珠美は等活地獄を訪れていた。等活地獄とは、いたずらに生き物の命を奪った者が落ちると言われている地獄だ。拷問道具を届ける為に獄卒の詰め所に向かうと、怒鳴り声が聞こえてくる。


「だから、そんなんじゃ亡者が怖がらないって!」


 珠美が詰め所を覗くと、連翹れんぎょうが一人の獄卒を叱りつけていた。


「普通は『何逃げようとしてるんだ、さっさと粥を食え!』とかだろ。なんで『あの~、お願いですからお粥を食べて下さい』なんて言うんだよ」

「申し訳ございません……」


 叱られている獄卒は、しゅんとして項垂れている。

 ちなみに、等活地獄には色々な刑があるが、その中の一つに、とっても不味いお粥を食べなければいけないというものがある。昔はもっとキツい内容だったようだが、現閻魔が色々と改革をした中でこういう形に落ち着いたらしい。


「あのー、お取込み中申し訳ございません。拷問道具をお届けに上がりました……」


 珠美が声を掛けると、連翹は振り向いてばつが悪そうに言った。


「ああ、珠美様……お見苦しい所をお見せしました」

「いえいえ。……あの、何かトラブルですか?」


 珠美が聞くと、連翹は困った顔をして答えた。


「実は……ここにいる獄卒の小雪こゆきが亡者に強く出られなくて、亡者に甘く見られているんですよ」

「はあ……」


 珠美は、チラリと小雪の方を見た。小雪は、二十歳前後の可愛らしい女性だった。黒髪をアップにまとめていて、紺色の着物を着ている。


「……小雪、お前、極楽に行ったらどうだ。お前は極楽行きが確定している亡者だろう」

「え、極楽行きが確定しているんですか!?」


 連翹の言葉に、珠美は驚いた。


「はい。小雪は、極楽行きが決定しているのに、何故か獄卒として働く事を望んでいるのです。……全く、何を好き好んで獄卒なんてやっているのやら」


 連翹が、溜息を吐いて言った。

 

 小雪は、ギュッと握りこぶしを作って呟く。


「……理由なんて、どうでもいいじゃないですか。私は……ずっと地獄で働きたいんです」

「しかしなあ……実際業務に支障をきたしているわけだし……」


 連翹が、頭を掻きながら言う。

 確かに、亡者に甘く見られて亡者が刑罰を免れるような事があれば地獄の秩序に関わる。


「それに、お前、この仕事をしていて辛くないか? 亡者には甘く見られ、上司には怒られるじゃあ、やってられないだろう」


 連翹は連翹なりに、小雪の事を心配しているのだ。


「と、とにかく、私は地獄で働きたいんです。閻魔様から人事異動の辞令が出ないのであれば、私はここで働きますから!」


 そう言って、小雪はの場を後にした。


          ◆ ◆ ◆


「ほう。等活地獄の規律が乱れる危機か」


 珠美の話を聞いた閻魔が、頬杖をついて面白そうに言った。ここは閻魔殿の広間。珠美は、困ったような顔で応える。


「楽しそうに言わないで下さい、閻魔様。……それにしても、どうして小雪さんは地獄で働き続けたいんでしょう?」


 首を傾げる珠美を見て、閻魔が言った。


「では、お前が調べてみるか?……菖蒲」

「はい、閻魔様」


 近くにいた菖蒲が近付いてくる。


「後で倉庫から、等活地獄で働いている西内小雪の審理の記録を持って来てくれ。珠美が彼女の事について調べたいそうだ」

「畏まりました」


 そう言って、菖蒲は早速倉庫に向かった。

 まだ調べるとは言っていないんだけどと思いつつ、珠美は仕事に戻った。



 それからしばらくして、珠美は寮の自室で、小雪についての記録に目を通していた。相変わらず菖蒲は仕事が早い。


 西内にしうち小雪。大正、昭和の時代を生きた女性。享年二十五歳。死因は流行り病。結婚歴はなく、家族は両親と弟のみ。

 犯罪歴が無く、審理ではすんなりと極楽行きが決定。しかし、本人の強い希望により獄卒として働く事となる。


 やはり、資料を読んだだけでは地獄での勤務を希望した理由が分からない。珠美は、再度等活地獄を訪れる事にした。

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