閻魔の過去4
「忠行……忠行……!!」
秀行は、浄玻璃鏡まで駆けて行き、ギュッと鏡の枠を握った。
「まさかこんな事になっているとは……!」
閻魔も、眉根を寄せて苦しそうに呟く。
秀行は、フラリと鏡から離れると、目を伏せたまま声を絞り出した。
「あの女……私の命を奪ったばかりか、忠行まで……。許さない、絶対に、許さない!!」
顔を上げた秀行の目は血走っており、顔は赤みを帯びている。
「まずい!」
閻魔が緊迫した様子で声を上げる。
「望月秀行、しっかりしろ! お前は今鬼になりかけている! 鬼になったら、極楽で忠行に会えなくなるぞ!」
閻魔が必死に声を掛けるが、秀行は「許さない、許さない……」と呟いており、閻魔の声が届いていないようだ。
「落ち着け、望月秀行!」
閻魔が、秀行の元に駆け寄ろうとしたその時。
「うあああああ!!」
叫び声をあげて、秀行が倒れこんだ。
「秀行!!」
ギリギリのところで倒れる秀行を支えた閻魔だが、秀行の頭を見て唇を噛み締めた。
「……間に合わなかったか……」
小さくはあったが、秀行の頭には、しっかりと二本の角が生えていた。
「……済まない、望月秀行。私が事前にあの映像を見ていたら……」
閻魔は、秀行の身体をギュッと抱き締めた。秀行の黒髪が、段々と白くなっていく。
「……閻魔……様……」
閻魔の腕の中で目を覚ました秀行が言葉を発した。
「気が付いたか、望月秀行」
「私は……鬼になってしまったのですね……」
「ああ、そうだ。……お前は、もう極楽で忠行に会う事は出来ない」
「そうですか……もう、二度と……」
秀行は、ギュッと目を瞑った。その目からは、一筋の涙が零れていた。
秀行の極楽行きは、この緊急事態により中止。秀行は一晩閻魔殿に隣接する寮に泊まる事となった。
秀行は、寮の寝床に横たわりながら閻魔の顔を思い浮かべていた。もし、自分の実の母親が生きていたら、ああいう風に抱き締めてくれたのだろうか。
翌日、閻魔殿の広間に呼び出された秀行は、閻魔と二人きりで向き合っていた。
「……望月秀行、お前に一つ提案がある」
机の前に座った閻魔は、真っ直ぐに秀行を見つめて言った。
「何でしょう?」
「お前……閻魔になる気はないか?」
「え?」
話を聞くと、閻魔は代々亡者の中から次の閻魔を選ぶ事になっているが、今現在次期閻魔の候補者がいないという。
「お前は優秀だから、閻魔になってもきっといい仕事をするだろう。お前が鬼だという事も隠し通せる。どうだ?……閻魔になれば、たまにだが極楽に行く事がある。そうすれば、弟にも会えるかもしれないぞ」
「忠行に……」
秀行はしばし考えた後、閻魔の目をしっかりと見て言った。
「その話、ありがたく受けたいと存じます。私は必ず、立派な閻魔になってみせます!」
「そうか……お前はしばらく研修を受ける事になるが、頑張れよ」
「はい!」
秀行は、凛とした声で返事をした。
◆ ◆ ◆
「……そんな事があったんですか……」
秀行、いや、現閻魔の私室で、珠美は目を伏せながら呟いた。
「ああ……だから、私は怖いんだ。私の目の前で、亡者が鬼化してしまう事が」
珠美は、そんな本音を吐露する閻魔の目を見て言った。
「……それでも、休む時はしっかりと休んで下さい。そうしないと、出来る事も出来なくなりますよ。……かつての私のように」
珠美の脳裏には、かつて社畜だった頃の自分の姿が浮かんでいた。
「ああ……そうだな」
「閻魔庁には、菖蒲様もいらっしゃいますし、まだまだ未熟ですが、私もお力になれるよう努力します。……だから、今日はゆっくり休んで下さい」
「分かった。……ありがとう、珠美」
閻魔は、穏やかに微笑んだ。
珠美は、その顔を見て笑うと、閻魔の私室を後にした。
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