閻魔の過去3
それからしばらくして、亡者が泊まる寮の部屋に一人いた秀行は、布団の上に寝転んで考えた。
冷静になれとはどういう事だろう。何か見落としている事があるのだろうか。
「……いたっ……!!」
亡者には仮の肉体が与えられるというが、刺された背中が痛む気がする。秀行はしばらく背中を擦っていたが、ハッとして目を見開いた。
「そういう事か……」
秀行は、唇を噛み締めて呟いた。
◆ ◆ ◆
翌日、秀行は再び閻魔殿の広間を訪れていた。大きな机の前に座っていた閻魔は、不敵な笑みを浮かべて言った。
「望月秀行。何か思うところがあったようだな」
「はい、閻魔様」
秀行は真っ直ぐと閻魔を見据えて言った。
「私を殺害したのは、忠行ではございません。――恐らく、犯人は頼子様」
秀行の傷は、背中の高い位置に付いていた。しかし、背の高い秀行と違い忠行は小柄。高い位置に傷が付くはずがない。
一方、秀行の義理の母親である頼子は女にしては大柄。彼女が刺した場合、丁度背中の高い位置に付くだろう。
さらに言うと、治安が悪く男が皆忙しくしている中でも、女である頼子ならあの時間自由に書庫周辺を歩き回れる。
動機もある。頼子は、兼ねてより秀行ではなく忠行が望月家の当主となる事を望んでいた。秀行がいなくなれば忠行が当主になれると考え、凶行に及んだとしても不思議ではない。
「そもそも、忠行が私を殺すはずがないのです。あの子は、とても優しい子だ。当主の座の奪い合いがあろうと、私に嫉妬しようと、あの子が私を手に掛けるなんて……」
秀行は、ギュッと手を握り締めた。
「……では、真実を見てみよう」
閻魔が立ち上がり、浄玻璃鏡を撫でると、丁度秀行が殺害される場面が映った。廊下に倒れた秀行を、刃物を持ったまま見下ろしているのは、やはり頼子だった。
「……そこまでして忠行を当主にしたかったのか……」
浄玻璃鏡から視線を移さないまま、秀行は呟いた。
「……もういいか? 望月秀行。では、早速極楽への手続きを……」
閻魔が言いかけた時、浄玻璃鏡の中から声が聞こえた。
「……母上、何をしておられるのですか……?」
鏡の向こう側には、茫然として頼子を見る忠行がいた。閻魔が目を見開いている。この映像はまだ閻魔も見ていなかったらしい。
忠行の目に映るのは、廊下に倒れている秀行。そして、血に塗れた刃物を持つ頼子。何があったかは明らかだった。
「母上……まさか兄上を……兄上、兄上!」
忠行が秀行の元に駆け寄り、身体を揺する。しかし、秀行は既に息絶えていた。
「……母上、何故このような事を……」
振り返った忠行が震える声で言うと、頼子は虚ろな目で言った。
「仕方なかったのよ……秀行は優秀過ぎた……。こうでもしないと、あなたは望月家の当主になれない……」
「どうして母上は、そこまでして私を当主に……」
忠行が聞くと、頼子は光を失った目で答えた。
「当主になれる程の息子を産んだと、あの人に分かってもらわないと……。あの人は、いつも私ではなく薫子を見ている。でも、あなたが当主になれば、きっとあの人は私を見てくれる……」
「あの人」とは、時秀のこと。そして、薫子とは、秀行の実の母親である。時秀が頼子を愛していないわけではないのだが、頼子の目には、時秀が亡くなった薫子だけを愛しているように見えたのだろう。
「そんな……私は、当主の座など要りません! 兄上を踏み台にした当主の座など……。母上がなさった事は、父上に報告させて頂きます。望月家の次期当主の座には、他の親戚筋の者が就くでしょう」
踵を返そうとする忠行を、頼子が引き留めた。
「待ちなさい、忠行! 何の為に私があなたを育てたと思っているの! 当主の座を降りるなんて許しませんよ!」
頼子は、忠行の衣の袖を左手で強く掴んだ。
「離して下さい、母上!」
忠行が頼子の手を振りほどく。
「どうして私の言う事を聞いてくれないの……どうして……どうして……!」
頼子は、右手に持った刃物を忠行に向かって振り下ろした。
「やめろおおおお!!」
鏡の向こう側で、秀行が叫ぶ。しかし、その叫びも空しく、刃物は忠行の胸を貫いた。
廊下に倒れた忠行は、秀行の方に視線を向けて涙を浮かべながら言葉を振り絞った。
「……ごめんなさい、兄上。私は……兄上に……嫉妬していました……。でも、私は……優しくて賢い兄上が……大好き……でした……」
そして、忠行は静かに目を閉じた。
「あ……ああ……私は何という事を……!!」
頼子は、震える声で呟くと、カランと音を立てて刃物を廊下に落とした。
そこで、鏡の映像は途切れた。
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