閻魔の過去2

 それからしばらく経ったある日。秀行が屋敷の廊下を歩いていると、庭で剣を振るう忠行の姿を見かけた。


「忠行、頑張っているな」


 秀行が声を掛けると、忠行は剣を振るう手を止めて振り返った。


「兄上……」


 忠行は、どこか浮かない顔をしていた。


「どうした? 忠行」


 秀行が庭に降りて問い掛けると、忠行は目を伏せて言った。


「……兄上のおっしゃった通りになりましたね。源義仲様は、備中びっちゅうでの戦いで敗れた……。本当に兄上は凄いです。兄上が当主になれば、望月家も安泰でしょう。……私など、いらないのではないかと思ってしまいます」

「何を言っているんだ!」


 秀行は、驚いて言った。


「お前だって、書物の内容を理解するのが早いじゃないか。それに、剣術だけなら私はお前に敵わない。お前は、望月家にとって必要な人間だ!」

「……そうだと良いのですが……」


 忠行は、自嘲気味に笑うとその場を後にした。


 庭に取り残された秀行は、忠行の事を心配しながらも、後を追う事はしなかった。昔はあんなに仲が良かったんだ。きっとまた分かり合える。そう信じて。



 それから更に数日後。その日の昼、秀行は読みたい書物があった為書庫に向かっていた。今はこの辺りも治安が悪く、皆忙しい為、この屋敷にはあまり人がいない。

 廊下を曲がる直前、後ろに人の気配を感じた。秀行は振り向こうとしたが、その直前身体にドスッと衝撃が走った。


 ぐらりと身体が揺れて廊下に倒れる。痛い。痛い。痛い。少し間があって、やっと秀行は、自分が背中から刃物で刺されたと気付いた。

 一体誰が。自分は死ぬのか。嫌だ。まだ忠行と仲直りしていない。どうしてこんな事に。色々な言葉が頭を駆け巡ったが、次第に秀行の意識は遠のいていった。


         ◆ ◆ ◆


 気が付くと、秀行は三途の川の側にいた。最初は戸惑ったが、すぐに自分は死後の世界に来たのだと気付いた。獄卒に案内され、当時は全て木造だった閻魔庁の広間で待っていると、一人の女性が現れる。


「望月秀行だな。私は閻魔だ。今からお前の審理を行う」


 秀行は驚いた。仏の教えについては書物で学んでいたが、まさか本当に閻魔と相対する事になろうとは。しかも、閻魔は黒髪を纏めたとても美しい女性だ。黒い着物が良く似合っている。


「望月秀行と申します。宜しくお願い致します」


 秀行が丁寧に挨拶をして、審理が始まった。


「望月秀行は……特に罪を犯したわけではないようだな。極楽行きが妥当だろう」


 椅子に座って秀行の経歴を確認していた閻魔は、手元にある資料を捲りながら言った。


「はい……ありがとうございます……」


 秀行は、歯切れ悪く応えながら頷く。


「どうした? 望月秀行」


 閻魔に聞かれ、秀行は目を伏せながら言った。


「……実は、私は自分の命を奪った者が誰なのか分からないのです。急に背中を刺されたもので。……それに、弟との関係が良くないまま亡くなってしまったのも心残りで……」


 閻魔は、射貫くような赤い瞳で秀行を見つめると言った。


「素直に言え、望月秀行。お前は――自分を殺害したのが弟の忠行だと疑っているのだろう?」


 秀行の胸の鼓動が速くなった。そう。秀行は、自身が忠行によって殺害されたと疑っているのだ。


「……その通りです。弟は十三歳になったばかりですが、剣の腕は一流です。自身の立場が脅かされる事を恐れ、私を殺害する事も可能だと思いました……」

「そうか……お前を極楽に送るのは、現世の時間に換算して明日になる。今日は亡者が泊まる寮で休むといい。……それと、お前、もう少し冷静になれ」

「それはどういう……」

「自分で考えろ、望月秀行」


 それ以上、閻魔は何も教えてくれなかった。

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