閻魔の過去1

 閻魔こと望月秀行もちづきひでゆきは、平安時代末期に生を受けた。望月家は地方の豪族で、それなりに裕福な家庭と言える。

しかし、秀行の母親は彼が二歳の時に病で死亡。間もなく秀行の父である時秀ときひでは、後妻として頼子よりこめとる。

 その一年後には、秀行の弟となる忠行ただゆきが誕生。頼子は、秀行よりも血の繋がった忠行を可愛がっている節があったが、秀行と忠行は仲が良かった。


 秀行が九歳で忠行が六歳の時。秀行が自室で勉学に励んでいると、忠行がバタバタと足音を立てて秀行の自室にやって来た。


「兄上、外は良い天気ですよ。一緒に竹刀しないを使って遊びましょう!」


 秀行は、穏やかな笑顔で忠行を見ると、頷いて言った。


「……そうだな。たまには外に出て遊ぶか」


 そう言って秀行が立ち上がった時、ふすまが大きな音を立てて開かれた。


「秀行、まだ遊びに行くのは早いのではないか? お前は望月家の跡取り。勉学にも剣術にもしっかり取り組んでもらわねば」


そう言ったのは、父親の時秀。秀行は、笑顔で応えた。


「本日予定していた分の勉学は終了しております。少しくらい忠行の相手をしても支障ないかと」

「何、本当か!?」

「はい」


 頷くと、秀行は今読んでいた漢文をスラスラと暗唱してみせた。書物に全く視線を向けていない。

 秀行の暗唱が終わると、茫然として秀行を見つめていた時秀が口を開いた。


「……本当に理解しているのだな。ハハ……凄いぞ、秀行! お前の将来が楽しみだ!」


 秀行に近付いた時秀は、バンバンと秀行の両肩を叩いて褒め称えた。


「ありがとうございます、父上」


 秀行は、満面の笑みで応える。そんな秀行と時秀を、忠行はジッと見ていた。



 それから六年が経ったある日。時秀、秀行、忠行、そして数人の重臣が屋敷の一室に集まっていた。


「今日皆に集まってもらったのは他でもない。実は、源義仲みなもとのよしなか様からこちらに書状が届いた。備中国で平家の軍勢と戦をするので、援軍として参加してほしいとの事だ」


 時秀が切り出した。望月家と源義仲とは、昔から交流がある。それでこちらに援軍の要請が来たのだろう。


「忠義もあるし馳せ参じようとは思うが、皆の意見も聞こうと思い集まってもらった。何か意見がある者は申し出てほしい」


 時秀の言葉を聞き、家臣達はザワザワと話し始めた。


「やはり、今後の付き合いを考えると参加した方が……」

「そうだな。義仲様は先の戦いでも勝利なさったし……」


 そんな中、秀行が口を開いた。

「……恐れながら父上。今回の要請には応じない方が得策かと存じます」

「何?」


 時秀は驚いた。初陣も済ませていない秀行が口を出すとは思っていなかったのだ。今回この場に秀行と忠行を呼んだのは、将来の為に見学させる為だった。


「……秀行、何故そのように思うのか聞かせてくれ」


 時秀がそう言うと、秀行は真剣な顔で語り始めた。


「はい。義仲様は確かに先の戦いで勝利なさいました。しかし、その後都の治安が悪化し、義仲様はその対処に苦慮しておられるようです。しかも、法皇様との関係が悪化しているとか。果たしてそのような中で、義仲様は充分な戦の準備が出来るのでしょうか?」


 時秀は考えた。忠義は大事だが、戦に巻き込まれてこちらが負けるような事があれば、家族と家臣達が路頭に迷う。下手をすれば命を落とすかもしれない。今まで自分に付いて来てくれた家族や家臣をそんな目に遭わせるわけにはいかない。

 時秀は、ギュッと拳を作ると、きっぱりと言った。


「……此度こたびの要請には、応えない事とする」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る