元閻魔2

「この愚か者があああ! 仮の肉体が丈夫とはいえ無茶するなと、あれ程言っておいただろう!!」


 連翹が抜けて四人だけになった室内で、紅蘭は閻魔を怒鳴りつけた。


「も、申し訳ございません、紅蘭様……!!」


 閻魔が、ベッドの上で土下座する。こんなに人に下手に出た閻魔を、珠美は初めて見た。


「あ、あの、菖蒲様。紅蘭様と呼ばれているあの方は一体……?」


 珠美がこっそり聞くと、菖蒲は紅蘭の方を見たまま説明した。


「ああ、まだ教えておりませんでしたね。あの紅蘭様は、現在極楽を管理している最高責任者。そして――地獄の元閻魔でもあります」

「えええええっ!!」


 菖蒲の話によると、紅蘭は以前閻魔として地獄で仕事をしていた。しかし日本が江戸時代を終えるか終えないかの辺りで、彼女は閻魔の職を現在の閻魔に引き継ぎ極楽に異動してしまったとの事。当時亡者だった彼に閻魔の仕事を引継ぎする際、紅蘭はとても厳しく指導したと聞いている。



「しかし、お前が無茶をするとは珍しいな。何があった?」


 腰に手を当てた紅蘭が聞くと、閻魔は 目を伏せながら言った。


「……先日、亡者が鬼になりかける事案が発生しました。それ自体はよくある話なのですが、こちらの管理不足で鬼化を防ぐ薬を切らしておりまして……。そこにいる連城珠美がいなかったら、その亡者が鬼になってしまうところでした」


 そこで、紅蘭はチラリと珠美の方を見た。珠美は、紅蘭に挨拶していなかった事を思い出し、慌てて頭を下げる。


「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、紅蘭様。私、閻魔の補佐官を務めております連城珠美と申します」

「ああ、そう言えば話には聞いていたな。私は極楽を管理する紅蘭だ。よろしく。……しかし、鬼化を止めるとは、大したものだな」

「いえ、そんな。私は大した事は……」


 珠美は、高城玲太に日記を見せて説得しただけだ。それなのに『大したものだ』などと言われると、恐縮してしまう。


「……話を続けても?……今お話ししたような事案もあり、私は薬の管理はもちろん、亡者の心を動かせるよう亡者の情報収集にも力を入れようと致しました。その結果、このような不甲斐ない状態になってしまったというわけです」


 閻魔の言葉を聞き、紅蘭は少し目を伏せた。


「ああ……まあ、お前の事情が事情だからな。力が入るのも分かる。しかし、もうお前は責任ある立場なんだ。冷静に自分の身体の状態も把握しないとな」

「はい、申し訳ございません……」

「分かれば良い。今日はゆっくり休め。薬の管理体制については、こちらからも提案があるが、それは日を改めて話し合おう」

「ありがとうございます……」


 珠美は、またこっそりと菖蒲に聞いた。


「菖蒲様、先程から紅蘭様が薬の管理について話しておられますが、地獄と極楽は薬を通じて交流があるのでしょうか」

「ああ、教えていませんでしたね。鬼化を防ぐ薬など、地獄で必要になる薬の多くは極楽に生えている薬草から作られるのです。そして、その薬は極楽にいる職員が地獄まで届けて下さっているんですよ。紅蘭様が直々にこちらにいらっしゃる事は少ないですが」

「そうなんですね……」


 まだまだ珠美の知らない事は多い。

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