親愛と憎悪3

 閻魔殿に戻った珠美は、閻魔の執務室に出向き、玲太から聞いた話を閻魔に報告した。閻魔は、右肘を机に突きながら呟く。


「……学会でピリピリ……ねえ……」

「はい。でも、それが殺害動機と関係あるかと言われると、何とも……」


 執務室に、しばらく沈黙が流れた。閻魔は、ふと珠美の右手に視線を遣る。


「おい、その手に持っている物は何だ?」

「ああ、これは、高城さんの日記です。何かの手掛かりになるかもしれないと思って、借りてきました」


 珠美は、分厚い日記帳を閻魔に手渡した。意外にも、玲太は日記に関してはアナログ派らしい。閻魔は、日記帳をパラパラと捲りながら言った。


「『三月二十日。先生の研究を手伝う過程で、自分の研究にも応用できそうな仮説を思いついた』……か。凄いな。日々の出来事だけでなく、思いついた研究のアイディアをびっしりと書き込んである」

「そうなんですよ。私もびっくりしちゃって。理系の研究者って、こんなにわけ分からない計算式とか沢山書くんですね」

「お前、わけ分からない計算式って……」


 閻魔は、話しながらも日記を捲り続けていたが、やがてパタンと日記帳を閉じた。どうやら、手掛かりは見つけられなかったらしい。


「珠美、この日記、後で高城玲太に返しておいてくれ」

「承知致しました」


 そう言って珠美が日記帳を受け取った直後、執務室のドアがノックされた。閻魔が「入れ」と言うと、中に菖蒲が入ってくる。


「閻魔様、浄玻璃鏡の調子が少し戻りまして、高城玲太殺害の三日ほど前の映像を少しだけご覧になれますよ。広間にいらっしゃいますか?」

「ああ、すぐ行く」


 そう言って、閻魔は立ち上がった。


         ◆ ◆ ◆


 広間に集まった珠美、閻魔、菖蒲は、早速再生された浄玻璃鏡の映像に視線を向けていた。

 映し出されたのは、玲太が殺害される三日前の研究室。玲太が研究室の分析機器を使用している間、小田島は部屋の窓際にある机でパソコンの画面を見ていた。

 何の変哲もない風景に見える。


「……菖蒲、小田島隆平のパソコンの画面をアップに出来るか?」

「やってみます」


 菖蒲がリモコンを操作すると、パソコンの画面がアップになった。


「ふうん……論文を書いているところのようだな。最終チェックをしている段階と言ったところか。日付は五月二十五日……」


 そう言って閻魔はパソコンの画面を見つめていたが、しばらくすると目を見開いて叫んだ。


「菖蒲! 止めてくれ!」

「は、はい!」


 菖蒲が、慌ててリモコンの操作をする。浄玻璃鏡の映像は、パソコンの画面をアップにしたまま静止した。


「どうなさったんですか? 閻魔様」


 珠美が問い掛けたが、閻魔は珠美の方を見ないまま言った。


「……珠美、高城玲太の日記を見せてくれ」

「……はあ……」


 珠美は、玲太の日記帳を閻魔に差し出した。閻魔は奪い取るように日記帳を手にすると、パラパラとページを捲っていった。そして、しばらくすると不敵な笑みを浮かべて日記帳を閉じた。


「閻魔様、もしかして……」


 菖蒲が話し掛けると、閻魔は笑みを浮かべたまま言った。


「……ああ、小田島隆平が高城玲太を殺害した動機が分かった」

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