親愛と憎悪2
玲太が閻魔殿を出た後、閻魔、珠美、菖蒲は広間で浄玻璃鏡を囲んでいた。
「真相を探る為には、浄玻璃鏡が機能してくれないと困りますよね……」
菖蒲が、顎に手を当てて言う。
「そうだな……最近は少し浄玻璃鏡の調子も戻っているようだし、ダメ元でやってみるか」
閻魔の言葉を聞き、菖蒲がリモコンのスイッチを入れる。しばらくは昔のテレビの砂嵐のような状態が続いていたが、やがてはっきりとした映像が現れた。
大掛かりな理科の実験用具のようなものが置いてある広い部屋。恐らく、物理化学の研究室だろう。
そこに、今と変わらない姿の玲太と、五十代くらいの男性がいた。恐らく彼が小田島隆平だろう。
小田島は、実験用具の隣にあるパソコンを熱心に見つめている玲太の背後からそっと近づいた。そして、玲太の背中をナイフで深々と突き刺す。
「……っ……!!」
玲太は、短い
浄玻璃鏡の映像はそこで途切れる。
「うわあ……何というか……生々しいですね……」
珠美は、口元を押さえて呟く。
「ん? お前の死体の映像だって生々しかっただろう」
「あれは、呻き声とかが無かったじゃないですか」
「変わった奴だな……」
珠美と閻魔の会話を聞きながら、菖蒲がリモコンを弄って言った。
「……駄目ですね。殺害前後の映像が全く映りません。小田島隆平が高城玲太を殺害した動機が分かるような映像は見る事が出来ません」
「そうか……菖蒲、引き続き浄玻璃鏡の修理を続けてくれ」
「承知致しました」
「珠美は、高城玲太から話を聞いてくれ。どんな些細な事でもいい。小田島隆平が殺意を抱くきっかけがなかったか調べてほしい」
「承知致しました」
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、珠美は閻魔庁に隣接する寮を訪れていた。建物はコンクリート製のようで、所々蝋燭の灯りがあるものの廊下は薄暗い。
未だ慣れない草履で廊下を歩くと、珠美は一つの部屋の前で足を止めた。金属製に見えるドアをノックすると、中から「はい」と声が聞こえる。
「こんにちは、高城さん。補佐官の連城珠美です。少しお話よろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
ギイと音を立ててドアを開き中に入ると、そこには机に広げた資料を読む玲太がいた。
「補佐官さん、どういった御用でしょうか」
玲太は、資料を少し片づけながら言った。
「あの、小田島先生があなたを殺害しようとした動機を調べているんですけど、もう少し詳しく話を伺いたく……」
それから珠美は、玲太に様々な質問をした。普段の小田島の様子、小田島と玲太の関係、二人を取り巻く環境等。
しかし、玲太から返ってくる言葉は、前もって分かっている事ばかり。小田島先生は優しいだの、可愛がってくれただの、関係は良好だっただの。
ふと、玲太が思い出したように言った。
「そう言えば、僕が殺される一週間ほど前から、小田島先生は少しピリピリしているようでした。でも、ピリピリするのも当然です。先生は、国際的な学会で画期的な論文を発表しようとしていたんですから」
それから玲太は、小田島研究室での研究内容をペラペラと話し出した。専門用語が多くて珠美にはさっぱり理解できなかったが、要するに、医療機器を開発するのに有効なエネルギーについての研究をしていたようだ。
「僕も研究のお手伝いをしていましたけど、先生は研究のキモになる部分については僕にも教えてくれませんでした。だから、学会に同行するのを楽しみにしていたんですけど……」
「へえ、先生に同行して学会に参加する予定だったんですか」
「はい。……研究は忙しくて大変でしたけど、先生は親の居ない僕にとって父親のような存在でした……」
そう言って、玲太は目を伏せた。
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