親愛と憎悪1

 ある日、珠美は閻魔殿の広間の隅で書類のチェックをしていた。周りでは、獄卒達が忙しく動き回っている。珠美は今回、ここで行われる審理の記録係を任命されたのだ。


「珠美、書類の確認は終わったか?」


 閻魔が珠美の側にやってきて声を掛ける。


「はい、全ての書類に目を通しました。……でも、この書類の作成は菖蒲様がなさったとはいえ、審理後の記録を私みたいな新人に任せていいんですか?」


 菖蒲がこちらに近づいて来て口を挟んだ。


「大丈夫ですよ。珠美様の勤務態度や実力は申し分ありません」

「……ありがとうございます、菖蒲様。頑張ります」


「珠美、そろそろ始まるぞ。私の机の側に別の小さな机があるだろう? そこで記録するといい」

「はい、本日もよろしくお願い致します」


 審理が始まり、亡者が広間に入って来た。

 亡者は三十路になるかならないかの年齢で、短めの黒髪を綺麗に整えている。現代日本人のようだ。


高城玲太たかしろれいただな。私は閻魔だ。今からお前の審理を始める」


 閻魔がそう言うと、玲太は落ち着いた声で「はい」と言った。


 粛々と審理が進んで行く。珠美はペンを走らせながら審理の内容を頭の中で反芻はんすうしていた。



 高城玲太二十九歳。大学で物理化学の研究室の助教をしていた。現世に換算して今から二日前に死亡。殺人事件の被害者となったらしい。

 玲太本人には特に犯罪歴も無い為、極楽行きが妥当と判断された。


「では、部下に極楽まで送らせよう。最後に何か言いたい事はあるかな?」


 閻魔が言うと、玲太はしばし考えた後言った。


「……僕を殺したのは、僕と同じ研究室の教授なんですが……何故先生が僕を殺したのか、分からないんです。出来れば、僕を殺した動機を知りたいですね……」


 詳しく話を聞くと、物理化学の教授である小田島隆平おだじまりゅうへいは、玲太が大学三年の時から玲太を可愛がっていたらしい。

 玲太が大学院に進んだ後も、玲太の研究や学会発表の助言をよくしてくれていたようだ。それなのに、事件があった日の夕方、大学の研究室で小田島は玲太を後ろからナイフで刺した。

 玲太には、刺される心当たりが全く無いので、小田島が何故自分を刺したのか知りたいとの事だった。


「……成程。それは確かに気になるな……さて、どうしようか……」


 閻魔はそう言って少し考え込む表情をした後、再び口を開いた。


「高城玲太、お前、しばらく閻魔庁に隣接する寮に泊っていけ。その間に私達がお前の死の真相を探ってやる。……でも、現世の時間に換算して一週間が限界だ。一週間経っても真相が分からなければ、どんなに心残りがあっても極楽に行ってもらう」


 玲太は、落ち着いた様子で頷くと礼を言った。


「ありがとうございます。……よろしくお願い致します」

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