衆合地獄4
翌日、珠美は再び衆合地獄の詰め所に来ていた。詰所の入り口には、朝霧、小菊、連翹、そして仁左衛門が立っている。
「実は、今日は獄卒の人事異動を伝えに参りました。仁左衛門さんにも知っておいて頂きたい内容です」
珠美が言うと、仁左衛門が戸惑いの表情を見せた。
「朝霧さん」
「……はい」
珠美に声を掛けられた朝霧は、落ち着いた様子で返事をする。
「あなたは来月から、
「はい」
「あなたは生前、遊女として酔っぱらったお客様方と接していました。叫喚地獄でも、その高いコミュニケーションスキルで頑張って頂きたいと思います」
叫喚地獄とは、殺生、盗み、性行為に関する罪、お酒に関する罪を犯した者が落ちる地獄である。お酒に関する罪とは、ただ飲酒するという事ではなく、人に酒を飲ませて悪事を働くといったような事だ。
「朝霧さんが……異動……」
仁左衛門が、茫然とした様子で呟く。珠美は、そんな仁左衛門の様子を複雑な表情で見ていた。
◆ ◆ ◆
その日の夕方、珠美は閻魔の執務室で資料の整理を手伝っていた。
「そうか……仁左衛門の様子を見る限り、私達の推測した理由で間違いなさそうだな」
書類にサインをしながら、閻魔が口を開いた。
「はい。仁左衛門さんが作業をサボっていたのは、朝霧さんと離れたくなかったからなんですね……」
珠美達が浄玻璃鏡を見た時、そこに映っていたのは、遊郭で会う仁左衛門と朝霧だった。二人が直接会ったのは一度きりのようだが、二人はお互いに惹かれ合ったらしく、それからは密かに文のやり取りをしていたようだ。
「でも、転生する機会をふいにしてまで一緒にいたいと思うなんて……本当に、仁左衛門さんは朝霧さんを愛していたんですね……」
「ああ……もしかしたら、仁左衛門のような真面目な者が衆合地獄に落ちたのも、前任の閻魔の計らいだったのかもしれないな」
「え、閻魔って、あなた一人じゃなかったんですか?」
「ああ、私は元人間の亡者だ。前任の閻魔も元人間だったんだが、『引退して極楽に行きたい』とか言って、私が閻魔の仕事を引き継ぐ事になったんだ」
「そうだったんですか……」
まだまだ珠美が知らない事は多い。
◆ ◆ ◆
それからしばらくして、朝霧が異動する日がやって来た。林の側で、朝霧と仁左衛門が二人きりで会っている。
「私の事、覚えていて下さったんですね……売れてもいない遊女の事なんか、忘れていると思っていました」
「忘れたりなんかするもんか。あなたは、私の心の支えだったんですから」
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